第2話「敵」

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第2話「敵」

指揮官を倒し、53名の敵兵がすべて床に倒れ、動きをみせなかった。 「……敵、殲滅。任務遂行」 蓮はふっと顔を緩ませ、隣の夏希を強く抱きしめる。 「やったぜ!夏希!」 「はぁ……はぁ……うん」 荒い呼吸のまま、夏希は自分の体に回った蓮の腕に手を当て、ふふっと笑った。 汗もかき、頬が高揚した顔を、蓮が覗き込む。 「夏希、怪我は?」 「蓮が守ってくれたから、ない」 その返事にふっと安心したように笑った蓮だったが、痛そうに顔をしかめる。 「っ……!」 右目の上は紫色に黒ずんでいた。 戦闘前に、夏希が解毒した真司の毒と一緒だ。 「蓮」 夏希が蓮の額に手を伸ばす。 「あとでいい。まず操作室内にいる人を避難させてからだな」 そのとき、壁際で人がごそっと動いた。 夏希と蓮が音のした方へ、構える。 「ひっ!」 壁際で息を殺していたのか、まだ背の低い少年が、ライフル銃を持ち、座り込んでいた。 黒い肌で、タスゴナガル人だ。 少年は、ライフル銃をバンと床に投げると、両手を上げた。 「殺さないでください!降参します!」 まだこどもらしい声。 蓮は少年に手を向けたまま言う。 「地面に伏せろ。両手を後ろに回せ」 「っ……!」 少年は大人しく、指示に従う。 その様子を見て、蓮は波動を消し、構えるのをやめた。 「蓮、殺さないの?」 「あぁ」 「こっちは兵の数は少ないし、捕虜の扱いめんどくさいから、殺してもいいと思うけど」 「いや。こいつ、まだ子どもだろ。こんだけ怯えてるし。必要ねーよ」 夏希は少年兵の床に伏せられ、半分しか見えない横顔を真顔で見つめた。 全身を震わせ、目の奥までも恐怖で固まっている。 「そ」 夏希はそれ以上、何も言わず、他に生き残った人間がいないか、辺りを見回す。 目を閉じ、自分の波動を敵兵たちの波動に流す。 まだ、自信を持って使えるわけではないけど、こうすると、生きていれば、同じ人間の波動が微量なりとも返ってくるはずだ。 特に何も感じない。 広範囲に波動を使い、どっと疲れが全身にのっかってくる。 「蓮、大丈夫だと思う」 「ありがとな。疲れたな。あとちょっとがんばってくれ」 「ん」 蓮はポケットから、プラスチック製の袋に入ったスポーツ飲料を夏希に飲ませた。 その間に、警備兵が持ってきた拘束具で、少年を拘束する。 他に生き残った敵兵がいないことが再確認でき、メイン操作室の解錠した。 操作室の扉の前までは、すでに、真司たち同僚がかけつけていた。 扉が開くと、中にいた5人の技術者たちを蓮は笑顔で出迎える。 「もう大丈夫ですよ」 「助かった……!」 「ありがとう!ありがとう!」 蓮の後ろから、真司たち同僚が走っていく。 「直人!」 「真司さん!」 二人はしっかり、強く抱き合った。 安心感からか、涙を浮かべていた。 その様子に、夏希は小さく笑った。 よかった。この二人は、今夜も、幸せな時間を過ごせる。 夏希はよろよろ歩くと、床に座り込み、放心していた人たちに、声をかける。 「……お怪我は?」 「少し、毒を……君、大丈夫?君のほうが、フラフラじゃないか」 「あはは……。では、お名前を伺ってもよろしいですか?」 夏希と蓮は、一人一人安否確認をし、任務を完了したことを上官に報告した。 技術者の人たちの解毒が済むと、夏希はよろよろと蓮のところへ行く。 「蓮の番」 「俺はあとでいいよ」 「だめ。もう眠い……今させて……」 夏希は手を伸ばし、蓮の右目の上に受けた毒に手を当てる。 じーんと青白い光が毒に当たる。 「わかったよ」 蓮はそのまま夏希を横向きに抱きかかえると、エントランスにあるソファに座らせた。 蓮の右目上は黒ずんだ青紫の色から、普通の肌色に戻っていた。 今度は、蓮の胸あたりに、金色の光を当てる。 蓮は心地よさそうに目を閉じた。 蓮のすべての解毒が終わったころ、バタバタと人が来た。 「あ、医療班来たみたいだな」 「俺、用なし?休む……」 夏希はそのまま、ソファに横になる。 「ゆっくり休んでろ」 夏希の頭を笑顔で優しく頭をなでると、蓮は立ち上がり、医療班と増援として来た二十五番隊の兵士たちと話し始めた。 うとうとした目で、夏希はぼーっと目の前の蓮を眺める。 筋肉ついた大きな背中、そこから見える横顔、かっこいい。 今、スマホが手元にあったら、盗撮するのに。 戦闘で壊れるから、基地においてきたんだ。 焦り我を失う自分より年上の大人に、冷静に、誠実に対応する姿。 敵兵の攻撃に怯えることなく、向かっていく姿。 今日もすごく、すごく、かっこよかった。 夏希は口元を緩ませ、とろんとした顔で、蓮を眺めていた。 その蓮が急に振り返る。 「夏希」 「な、なにっ!?」 予想だにしないタイミングで振り返られ、心臓が爆発しそうだった。 慌てて腕の中に顔をうずめる。 「どした?顔、赤いけど、大丈夫か?」 「大丈夫だよ。動いてふつーに体温上がっただけ」 「医療班の人が、カレーライスとカレーうどん、どっちがいい?って」 「せんたくし……カレーライス」 「ん」 ま蓮は頭を撫でると、それを伝えに行く。 夏希は今度こそ目を閉じた。 「君も、少し休憩してよ」 真司が、お盆に冷たい麦茶の入ったコップを二つのせ、蓮のところへ持ってきた。 「あぁ、ありがとうございます。いただきますっ!」 蓮は勢いよく飲み干した。 真司は少し恥ずかしそうな表情で言った。 「さきほどは、怒鳴り散らして、悪かったね」 「いいえ。大切な人が危ない目に遭っているのに、冷静でいられるわけないですから。あいつも、それはよくわかっています」 蓮は夏希に視線を送った。 「彼、大丈夫?」 「はい。ちょっと、頑張りすぎたというか、解毒もして……器用な分、力使い過ぎて、疲れてしまうんです。ここに来る前にも、千里桜井(せんりさくらい)でずっと戦闘してたので、ちょっと休ませてやってもらえませんか?」 「あぁ、それは、全然……。向こうの戦況は悪いのか?」 「もう少し粘れば、敵兵は撤退すると予想してますが……」 警備兵の史晴が毛布も持ってきながら、感心したように言った。 「それにしても、息の合った動きでびっくりしたよ。一組だけで送られてきた意味もわかった」 「俺は、そんなに、ただバンバンしてただけです。優秀なのは、俺が打ちやすいように調合してる夏希の方です」 蓮は夏希のほうに視線を向ける。 すーすーと気持ち良さそうに寝ていた。 夏希に毛布をかけ、愛おしそうに微笑むと、蓮は破壊してしまった施設の復興作業に戻った。 夏希、蓮のように、五つが原共和国(いつつがはらきょうわこく)の国民は波動と呼んでいる体内から生成されるエネルギーを操ることができた。 防衛軍の兵士を始め、技術者も、一般市民も、赤ちゃんも、それぞれがそれぞれの波動を持ち、発することができる。 しかし、夏希や蓮のように、波動を自由に操り、波動弾を打てるようになるまでには、かなりのトレーニングを必要とし、これができるのは、防衛軍の兵士か、プロアマのスポーツ選手くらいだった。 この波動の種類は生まれ持った特性で、発せる波数が決まっている。 通常、一度に一種類の波動しか出すことができない。 そして、それだけでは特に何かできるわけではなかった。 自分以外のもう一人の人間が発する波動と、自分の波動と相性が良ければ、それを調合し、波動弾を打ったり、シールドを作ることができる。 そのため、警備兵を除く、防衛軍の隊員は二人一組のバディから成り立つ。 この相性の合う波動の相手を見つかる確率は0.1%と言われている。 「なーつき」 「ん……」 目を開けると、目の前で蓮が優しく笑っていた。 まだ体はだるいのに、なんだかじーんと心はあたたかくなる。 気持ちのいい目覚め。 蓮の腕に抱かれ、体がゆっくりと持ち上がる。 規則的に揺れ、蓮がどこかへ歩いているのがわかった。 「カレーライス食って帰るぞ。車ん中で、また寝てけばいーから」 「うん」 「夏希、ありがとな。終盤、かなり無理してくれただろ」 「だって、蓮、絶対なんとかしますって言うんだもん」 「ありがとな」 蓮はおでこを夏希のおでこに優しく当てる。 それを心地よさそうに夏希は目を閉じ、ぽつりとつぶやく。 「はー……フレンチトーストたべたい……」 「家帰ったら作ってやるよ」 「やった」 食事を配っている人だかりの声がする。 もうすぐ、降ろされる。 夏希は、蓮のシャツをを掴んだ。 「ん?」 顔を見る。 「ん」 蓮は夏希の要求がわかると、顔を近づけ、唇にキスをした。 「あと、もうちょっとやって、戻ってくるから、待ってろよ」 「うん」 疲れているはずの蓮は、全くその表情を出すことなく、行ってしまった。
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