第3話「基地」

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第3話「基地」

本坂峠町(ほんざかとうげまち)の戦闘を終え、警備兵が運転する車の中、夏希と蓮は仮眠を取りながら移動した。 翌朝、夏希たちの拠点である桐ヶ丘町(きりがおかまち)に着いた。 本坂峠とは違い、この町は人口40万人と大きな町だった。 桐ヶ丘採掘場を中心に発展した町だ。 坂の多い土地に、建物が立ち並び、すぐに海岸のある町並みだった。 そして、この町の数キロメートル先は、フリテッド・キングダムの国境が迫ってきていた。 夏希たちの所属地である、桐ヶ丘基地に着いた。 運転してくれた警備兵の方にお礼をいい、車を降りる。 いつもの訓練場を通り過ぎ、流れ作業のようにシャワーを浴び、研修室の並ぶ棟へと向かう。 蓮がスタスタ歩いていく後ろを、夏希は気怠そうな表情を浮かべ、ただ後をついていった。 どこの部屋集合かは夏希は知らない。 1番室と書かれた部屋へと蓮が入り、夏希も続いた。 そこには、すでに何人もの人間おり、同じような白いシャツに黒いスラックスの制服を着たいた。 一斉に夏希と蓮を見た。 「来た!十一番隊の蓮夏(れんなつ)!」 「本坂峠、あいつらだけで鎮圧したってよ」 「すげーよなぁ……」 「今日の推薦状持ってるらしい」 「オーラが……」 「案外ちっさいな」 「ザ・美人って感じ」 「ちーっす」 蓮は軽く笑顔を浮かべ、特定の人に向けない適当な挨拶をしながら、部屋の中へ入っていく。 その背中を夏希はつかんだ。 「な、なんか、すごい視線感じる……」 「俺ら有名人らしいぞ」 「えー」 部屋の前方には、ホワイトボードに 『一番隊、二番隊、選抜試験』 『10:00から模擬戦闘試験 15:00から解毒試験』と書かれている。 一番隊から十番隊までは、兵士の中でも、実力のあるものが所属できる隊だ。 その中でも、番号が若いほど、つまり、一番隊、二番隊は実力と実績があるものが所属できる。 今回の一番隊、二番隊、選抜試験は、いわば、兵士たちにとって、挑戦の意味を持っていた。 そのため、この部屋にいるのは、そこそこ実力と実績のある兵士たち。 この一年は新兵という扱いだった夏希と蓮は、十一番隊以降の所属となっていた。 一年間、実績を積み上げてきた夏希と蓮は、今回の選抜試験の推薦状があり、ほぼ通過という扱いだった。 蓮はドアの近くの席に座った。当然、夏希もその隣に座る。 それでも、他の兵士たちの夏希と蓮の話は終わらない。 「まだ一年目なのに、十三等級ってやべーよな」 「本坂峠、ものの15分足らずで殲滅したらしい」 「マジ!?さすがオレンジの弾丸!」 「おれんじのだんがん……?」 夏希は耳慣れない単語を繰り返した。 「俺らのことらしいぞ」 「ダサ……」 夏希は思わず口に出すと、はぁーっとかなり大きなため息を吐いた。 「も、やだ。へんなあだ名。そんな注目するような人間じゃないのに」 夏希は腕をだらりと垂らしたまま、机に突っ伏し、顔を横に向けた。 部屋にいる人たちをさり気なく観察する。 チラホラ戦闘で、見かけた顔もある。 が、挨拶に行きたくなるほど、親しい人もいなかった。 それより、まだ眠い。 「朔(さく)たちって来れないんだっけ?」 「あぁ、まだ千里桜井(せんりさくらい)の戦闘が続いてるらしい」 「あー、朔がいないとつまんないなぁ」 「あいつらも、すでに推薦状もってるらしいぞ」 「同じ隊がいいな」 「んー、どうだろなぁ。一番、二番は実力だけじゃなくて、バランスよく配置するしな」 「あ」 夏希は少し離れたところに顔見知りの兵士を見つけた。 「英二(えいじ)、いたけど、なんか機嫌悪そうだから、今声かけるのやめとこ」 英二は普段、人としゃべることの多い人間だが、今は、頬杖をつき、眉間に皺をよせながら、窓の外を見ていた。 「だな。翔(かける)はどこ行った?」 バディ相手の翔(かける)の姿は見当たらなかった。 英二をなるべく視界に入れないように、ぼーっと眺める光景の中に、夏希は気になるものをみつけた。 それをじーと見つめる。 それに気づいた蓮が、夏希の顔に顔を近づけ、小さな声で言った。 「あ、あれ、十五番隊のゆきまし……」 「だね。二人とも背高くて、綺麗な銀髪で、アイドルみたい」 「どっちが、どっち?」 「あっちのうるさいほうが、幸斗(ゆきと)で、落ち着いてるほうが真白(ましろ)」 目線の先、壁際の椅子に座って、銀髪の青年二人と、まわりを取り囲むように集まった兵士たちがしゃべっていた。 「まぁじかぁぁああああああ!」 銀髪で、ワックスなのか、髪がアップされているほうは声が大きく、うるさい幸斗が叫ぶ。 彼らもまた、夏希たちと同じ十三等級で、同世代では実力があることで有名だった。 夏希はその隣で、冷静にツッコミをいれているほうの銀髪の青年、真白をずっと見つめ続ける。 「どした?」 「あ……うん、あの……落ち着いてる人の方、右腕、毒残ってるなと思って」 「ふーん」 蓮は言われたとこを見つめてみるが、特にこれといって毒があるように見えない。 「俺にはよく見えねーな。解毒してやったら。……サーセン!」 「え、ちょっと……」 蓮はわいわい騒いでいる中を、大きな声でわりこんでいった。 「あ!お前ら!オレンジの弾丸!」 うるさいほうの人、幸斗は相変わらず声が大きい。 「そーそー、俺は蓮で、こっちは夏希ね」 「俺は幸斗、こっちが」 「真白です」 真白の方は礼儀正しいのか、軽く会釈までした。 「おめーら、昨日、本坂峠で敵兵殲滅したんだって!?すげーなぁ!」 「おかげで、二日続けて、ベッドで寝てねーよ」 「俺らは三日だ!」 蓮と幸斗は初対面なはずなのに、テンポよくしゃべる。 「あ、で、こいつがさ……」 蓮は後ろの夏希に視線を送る。 「ん?」 「なんか、毒残ってるみたいだから、解毒できたら……」 夏希が蓮の後ろから、ひょっこり顔を出す。 夏希に視線を送られた真白は、少し驚いた表情を見せた。 「俺?」 「あの、右腕、鈍痛ないですか?」 真白は右腕を曲げ、肘あたりを見せた。 一見、何の変哲もない腕。 夏希には、そこに、黒ずんだ緑色の毒が居座っているように見える。 「あるよ。でも、誰に診せても治せなくて……そこまで酷くないし、ずっと放置で……」 夏希はチラッと隣の幸斗を見た。 大抵はバディの毒はバディ相手が解毒をしてあげているはずだった。 一番波動を送るのも、バディ相手。 体を労わるのもバディ相手の役目だ。 許可を取るのが、防衛兵たちの中では礼儀だった。 幸斗は夏希の視線の意味が伝わり、うなずく。 「解毒してやってくれ」 真白の伸ばす腕に、夏希は手を当てた。 ぼうーと黄色の波動が腕に流れる。 皮膚の下、筋肉の下、骨の近く。 そこに、黒ずんだ緑色のモヤモヤする毒の気配を感じた。 「やっぱり。ある」 夏希の波動が赤みを帯びた黄色に変わる。 そのまま解毒していった。 10秒ほどで、夏希は手を離した。 「「「おー!!」」」と声があがる。 「はっ……!」 夏希が顔を上げると、思いの外たくさんのギャラリーが自分たちを取り囲んでいた。 「すご……腕、軽くなった!」 真白は驚いた顔で自分の腕を動かし、鈍痛がなくなったことに驚いた。 夏希は蓮の影に隠れようと、すると、幸斗が迫ってくる。 「夏希!サンキューな!」 夏希はびくっと体を硬直させた。 それくらい、幸斗は声が大きいというか、圧が強いというか。 「ありがとう。解毒医でも治せなかったから」 「たまたま……」 夏希は視線を泳がせる。 初対面の人としゃべるのは苦手だ。 対して、蓮は笑顔で話し出す。 「もしかして、朝倉川での戦闘のとき、三陣で来てました?」 「行った!行った!」 「やっぱそーか!あのとき、俺たちもいたんですよ!マジ助かりました!」 「つか、俺ら同い年のはず」 「はい」 「敬語じゃなくていーから!」 「マジか。じゃー、そーする」 「あ、俺は一つ下になるんです」 「じゃ、夏希と一緒だな」 楽しそうに話す蓮。 その話し声を聞きながら、夏希は、腕についた機械を操作し、空中にウィンドウを広げると、今の毒の種類と解毒方法をメモした。 蓮は誰とでも気さくにしゃべるタイプだった。 夏希は違い、人見知り、目立つのも嫌いだった。 でも、こうやって蓮たちがしゃべってるのを横で聞いているだけで楽しかった。 夏希は記録をつけ、ふと、視界の中に、廊下に面する窓から、見知った人が歩いてくるのをみつけた。 優しい顔つきの青年。 その青年は、夏希と目が合ったことに気づくと、ちょいちょいと手招きする。 夏希は、しゃべってる蓮を放置して、廊下に出た。 「湊(みなと)さん」 今まで気怠そうだった表情が少し、晴れやかになる。 「夏希、本坂峠の奇襲、対応ありがとね。これあげる」 「かわいい!」 かわいい猫の形をしたクッキーが贈り物用の袋に入っていた。 「ありがとうございます!」 湊は茶色のふわっとした髪に、優しい笑顔を浮かべる青年だった。 「今朝、帰ってきたばかりでしょ?ねむい?」 「だいぶ……」 夏希たちより9コ上で、いっときは同じ隊にいて、指導してくれた先輩だった。 プライベートでも、たまに家に遊びに行く仲だ。 「湊さん!お疲れ様です!」 適当に会話にキリをつけてきたのか、蓮が夏希と湊のところへ入っていく。 ちょうど、そこに、もう一人青年が現れた。 「夏希、蓮、ご苦労だったな」 低くて、少しくぐもったような男性的な声。 昨日の戦闘で、イヤホン越しに夏希と蓮に、指示や確認をしていた声と同じだった。 長身で黒髪。 後頭部は高めに刈り上げて、前下がりのシルエットに切られた髪は、パーマがかかっている。 真っ黒で、あまり光が宿ってない目。 シャツの隙間から、ネックレスの鎖が覗き見えるが、その先は服の中で見えなかった。 同じものが、湊の襟元からも見える。 「こっちも人いっぱいいっぱいだったから、助かったわ」 「正直、ヤバいなって思いましたよ」 「お前ら送って正解だったな」 和真は蓮と夏希の頭をわしゃわしゃと撫でる。 「今日は忙しいから、明日メシ行くか?」 「行く!」 遅れて、二人の男性が部屋の方へ歩いてくる。 湊は夏希たちを部屋に入るように、促すと、自分たちも研修室の中へと入っていった。 「はじめるぞー。座れ」 和真の一言で兵士たちがざわざわと席についた。 部屋の前方に立つ、和真の隣に湊が立った。 「今回、一番隊の隊長になった和真(かずま)と湊(みなと)だ」 防衛軍では、基本バディで階級や役職が決まるため、和真と湊、二人で一番隊の隊長ということになる。 隣にいる二番隊の隊長たちも、挨拶を始めた。 「二番隊隊長の博之(ひろゆき)だ」 「通(とおる)です」 三十代前半ほどに見える二人は、大して笑顔も見せず、かといって、威圧的すぎる雰囲気も出さず、話し終わると、品定めをするように、じーっと兵士たちに視線を向けていた。 また和真が話しだした。 「今から、一番隊、二番隊、選抜試験をする。昨日まで戦闘でコンディション整ってないやつもいると思うが、そんなんいつもだ。がんばれ。今日これなかったやつもいるし、今までの実績と、俺たち上官たちがバランスみて、どう配置するか考えるための試験だ」 和真は手をポケットにつっこんだままだ。 表情は乏しく、覇気もなく、淡々としたしゃべり方だが、揺るぎのない信念を感じるような不思議な雰囲気だった。 対照的に、隣の湊はにこにこ笑っているわけではないが、やわらかい雰囲気だ。 「今日の流れを説明する。最初に、訓練場で戦闘のテストを受けてもらい……」 ぼーっと聞いていた夏希のまぶたが落ちていく。 前方に倒れていく体を蓮が体をちょんっと触ると、そのまま、斜めに蓮にもたれて寝だした。 「その後、解毒の試験。全員受けてもらう。どこの隊に配属されるかは、メールで連絡するから、……あー、みんな、寝てやがる」 湊は苦笑する。 夏希以外も、話を聞いていそうで、バディの片っぽが寝てしまっている。 「んじゃ、体動かしてもらうか」 屋内の訓練場へと移動した。 サッカーグラウンドほどの広さがあり、戦闘が多い、市街地を想定した障害物が作られている。 コンピューターで設定を変えれば、プロジェクターから、敵兵や武器、銃弾などが映し出され、3Dの映像が飛んでくる。 かなりのお金と技術をかけた訓練場だった。 実際に、怪我はしないものの、敵兵の声や表情までリアルに再現されている。 「んじゃ、一組1分間、敵兵殲滅が目標。スタート地点はここで、移動OK。バンバン打ってくれ。訓練で使ったこともあると思うが、赤いレーザーが銃弾。シールドで防いでいいが、このレーザーが貫通したら、銃弾が当たって死んでると思え。胸に当たったら、ゲームオーバーだ」 和真が適当に決めた順番で、バディ1組ごとに、出ると、試験を始める。 『開始』というコンピューター音声が鳴ると、瞬く間に、建物の間から敵兵の映像が現れ、レーザー光線が飛んでくる。 「ひっ!」「はやっ!」 オーソドックスに、シールドを作り、二人で建物の陰に隠れる。 敵の攻撃が止むと今度は、波動を一方に送る。 装填者(そうてんしゃ)と呼ばれる方が、バディ相手に波動を送り、調合する。 相手の波動と交わるように、かつ、敵を攻撃できる威力をつけたまま形をまとめる。 この波動の微調整が難しく、装填者がやたら疲れる要因でもあった。 1,2,3,4,5秒。 たいてい波動弾を撃てるようになるまでに5秒の時間を有する。 それを狙撃者(そげきしゃ)と呼ばれるほうが、敵に向け、まとめられた波動弾を送り出す。 コントロールと、波動弾を押し出す力、主に、筋力が必要とされる。 また、敵により確実に当てるために、前線にで構える勇気も必要だった。 狙撃者が打ち出した波動弾は、一番手前の敵兵に当たった。 「「よしっ!」」 お互いガッツポーズで目を合わせる二人に、湊が声をかける。 「次!次!時間ないよ!」 「「はい!」」 1分間、敵に波動弾を打ちまくった。 『終了です』というコンピューター音声と共に、試験が終わる。 息を飲んで見守っていた、周りの兵士たちがざわざわと話し出した。 「あっという間……」 「この量は殲滅無理だな」 「はい。次、ゆきまし」 和真の淡々とした声に促され、次のバディと交替する。 何組か、試験が進んでいった。 『終了です』というコンピューター音声の直後、青年の怒鳴り声が響く。 「お前、おっせーんだよ!」 「翔の波動が安定しないからだろ!」 怒鳴り返すのは、さきほど、夏希が声をかけるのをやめた英二だった。 周りに人がいる中、かなり大きな声で怒鳴り合う。 表情からも、お互い、本気でイラついているようだった。 「あいつら、またやってる」 蓮が隣の夏希に言う。 夏希は聞いている素振りを見せつつ、俯いた。 あまり見ていると、笑ってしまう。 そう考える同僚たちも、チラチラと視線を外し、触れないようにしている。 バディで喧嘩しているのは、よくある話で、驚くことでもなかった。 和真も淡々と流す。 「はい、喧嘩はあっちで。場所あけろー」
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