百物語:目の裏

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 2  T君が体調を崩し、学校に来なくなりそして自主退学したのはそう遅くありませんでした。  友人はなんとなく、こういった結果になるだろうと予期していました。だからこそ、T君が言った幽霊を見る方法をやらずにいるのです。  自分を壊す方法を知っていますか? 鏡に向かって「自分は誰だ」と問いかけるのです。自分を見ながらそればかりを言えば、ニンゲンは狂っていく。という拷問にも思えるアレです。思い込みの力、自己暗示ですね。  T君の話を聞いても実践しなかったのは、友人がそれを思い出していたからなんです。 「信じてんのか?」  と、友人に問うと 「いや。別に。ただ、うっとうしくて仕方が無いんだ」  彼はそう答え、そして愚痴るのです。 引きこもりのT君が友人を家に招いたのはそれからさらに数ヶ月経ってからでした。  彼はずいぶん痩せこけ、寝間着のまま友人を部屋に招き入れました。  部屋は荒れていました。足の踏み場もないというのはまさにこの事を言うのだろうと友人は思ったほどです。 「何があったんだよ」 「何も無いんだよ」  は? と友人はつい聞き返してしまいました。 「何も無いんだ。だから、怖くて外に出られない」 「どういうことだ?」 「目の内からいなくなったんだよ」 「何が?」 「霊がだよ!」  T君は自分の頭を掻きながら叫びました。 「霊は居ないんだろ?」 「ああ。いないよ! 目の内にいたんだよ!」 「意味分からねえ。見えていた幽霊が見えなくなったってことか?」 「違う! 居なくなっちまったんだよ! いたのに! 今まで、目の端にいたのに! 消えちまった!」 「霊が見えなくなってなら、普通嬉しいだろう?」 「良くねえよ! 帰ってくる! 俺を探してくる! だって、俺は、俺は捨ててきたんだ」 「霊を捨てるってなんだよ。物じゃねぇんだぞ」 「俺は消したんだ。いないって。目に映るのは錯覚だから、目の内にいるのは角膜が傷ついているだけで、それが単に人の影に見えるだけなんだ」 「それでいいだろうが」 「じゃあ」  T君は怯えながら窓を指さしました。  窓は段ボールで張られていて、外なんか見えません。けれど、T君は確信を持って言いました。 「アレはなんだよ」  友人曰く、T君は自分君の部屋は汚かったんです。  物は積んだまま、脱ぎ捨てられた服も、弁当箱も食器もそのまま。埃も舞っていたし、虫さえ見えたと思います。  だから、目にゴミが入ったんだと言います。  友人はスマホを見せてくれました。 「頼むよ。霊はいないと言ってくれ。そうでないと、映ってるコレはなんなんだよ」  そう言って友人の指さした所には何も映っていませんでした。
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