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執筆:呼び声
1
私は式野薫という名前で活動をしているホラー作家だ。
雑誌に寄稿したりコメントを入れたり。時には雑誌で特集を組むにあたり現地に取材をし、カメラに収めることもある。
「宰さん」
私が弱音を吐く相手は最近決まって彼である。
家事代行兼助手の十月宰さんだ。彼は「どうされましたか?」とタオルで手を拭きながらやってくる。
「ネタがありません。尽きました」
「ずっとネタが湧き出したら大変ですよ。今度は出力で腱鞘炎になるかもしれませn」
「そうですかね」
「多分ですけど。ネタが出ないのならば気分転換に皿洗いとかどうでしょう」
「洗い忘れをしてしまうんです。ちゃんと洗えていないとか、拭けてないとか」
「では、料理とか」
「インスタントでいいのなら」
「もう」
宰さんは困った様子で私を見る。脱力感や諦めこそあるが、本当に困っているわけでは無さそうだ。
「来年の夏、一週間くらい俺は来られないんですよ」
「お盆の帰省ですか? それは、勿論――……」
「いえ。ボランティアです。後輩達が合宿をするのに声をかけられまして」
「ボランティア! 偉いですね」
「偉くないですよ。俺はただ――……。そう、学生としての思い出作りというのをしてみたくて」
「学生としての思い出作り……。青春ですね」
「えぇ。学生らしいでしょう?」
宰さんがそう呟いた後、不意に私と向かい合うように座った。
不段だら会話の区切りを見つけた彼はさっさと家事の続きを始めてしまう。
「先生も怖い物知らずですね」
「書くものが、書くものですし。宰さんも怖い話をよく聞くでしょう? それなら一つや二つ呼ばれてもいいと思うんだけどなあ」
それを聞いた宰さんの動きは止まり、そして私を見て微笑んだ。
「それなら、一つネタとして提供出来るかもしれません」
私は録音の許可と脚色を交えて執筆するかもしれないということを得てから彼の話を聞くことにした。
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