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第五章 救世主
店に行くとカヨが忙しなく開店準備をしていた。イレギュラーなことが起こるとテンパるのがたまにキズな彼女はリカがいないことで1人で早めに店に来ていたのだ。
そんな様子を見ると彼女を自分の店に入れるを躊躇ってしまう。見た感じいつも以上に表情がきついためきっと毎月くる生理も重なってるのではないだろうか、それを予想してしまうのだが女性だからそういうこともあるから困ったものだと來は辟易する。
「あの子まだちゃんと仕事覚えてもいないのにいきなり仕事だからこれません、すいませんってなんじゃそりゃって感じよ。大輝さん研修だから遅番だっつーのに。それにさー、仕事ってこっちは仕事じゃねーのかって」
これまた忙しなくなると口が悪くなるカヨを來はなだめつつ大輝が遅番であることをすっかり忘れていた來は他のスタッフにもカヨの手伝いをさせて予約帳を見る。
自分の指名と新規、そして午後二時に上社美園の名前。
「さっき朝イチに電話があったのよ。ネットでは予約できなかったからって。どうしても入れて欲しい、っていうから新規からの休憩ほぼなしになりそだけど……」
「大丈夫」
「上社って……也夜さんの! 妹さんじゃん」
結構無理くり予約入れたな、と思いながらも來は数日前から彼女からのメールを無視していたためそれはしょうがない、と覚悟はしていた。
「そうだよ、美園さんだ。一年前に来てたけども久しぶりだ。あ、朝はたくさん食べてきたしなんとかなるよ」
「ならいいけど……リカちゃんいない分頑張らなくちゃー」
と最後のチャーを高音出してノリノリで準備を再開し始めたカヨを見て女性の気分の変化には疲れる、と苦笑いした。
店は開店し最初の客を出迎える。新規の客はここの店では珍しい平日休みのフリーターの中年男性であった。少し不摂生で髪の毛も伸ばし、姿勢も悪い。
カヨが受付をし、若手のスタッフにシャンプーを任せている間に來の所にきた。
「ちょっとさっきの新規を來さんに頼んでもいい?」
「んーいいけど。25歳……30後半に見えたけど。任せて」
「さすがぁ、來さんー」
とニコニコしたカヨは自分の常連の高齢女性の元に行った。染色でリタッチのため来客回数が多く技術面では來よりも細やかな対応もできるため指名も多い。それに絶対あの新規の男の外見だけを判断して自分に回すというのは目に見えてわかっていた。
シャンプーを終えた男はスタッフに奥の部屋を案内されたが來は窓際に変更した。その際にスタッフから
「あの人窓際でいいんですかあ」
と言われるが來は
「いいの。こっちの方が明るいし。それよりも他の作業移って」
と答えて男性客を席に座らせた。窓際は普段は店のイメージを保つために若い女性、あるいは女性、時にはおしゃれな男子学生に座らせいるのが暗黙の了解であったが來はそれが理解できなかった。
この割り振りは若いスタッフ達が振り分けているようだが大輝がいない所ではしていない。
今は大輝がいないからであろう。來も自分はまだまだだと思いながらも新規客にタオルを巻こうとしたのだが、どこかで見たことがある顔だと思ったのだ。
そしてその彼は來をじっと見ていた。
「どうしたんすか?」
「え、頭の形……とてもいい。これ活かして」
「おう、頭の形は母ちゃんが俺が赤ん坊の時に絶壁にならんようになぁ頑張ってくれたらしいんだよ」
「お母さん様々ですね」
話を逸らすことに成功した。その客は清流ガールズNeoのヲタクの1人……しかもよりによってリカ推しである。
何度も見かけるため記憶にはあった。幸いにも客の方は來が裏方のため知らないようだ。
「おう、うち1人親でなぁ。母ちゃんすごく頑張ってくれててなぁ。お兄さんは……両親おりそうだなぁ」
「はい、でも子供の頃から親は共働き、高校からあまり僕家にいなかったので親とのつながりは薄いです」
「でもなんか誰かに愛されてる目はしてる」
「へっ……」
目だけでそんなのがわかるのか? 來はチラッと鏡の自分を見る。
よく考えれば高校の時から大輝に愛でられ、別れてもすぐ也夜に出会い、事故にあってすぐ李仁と関係を持ち解消した後にリカと一緒になった。途絶えたことはない……と。
「ここはどうやって知りましたか?」
たぶんリカがいるから、というのはわかっていた。
「リカちゃん、今日はいないんだな」
「……ああ、古滝は今日別のところで仕事です。まさか清流……」
「そう、俺ファンなの。リカちゃんの」
「ここで働いてることは」
リカは公にはしていないはずだったが、と來。知ってるのなら前の店だろう。
「前いたお店の人から聞いたよ」
ああ、と來はリカが前働いていた店のスタッフたちの顔を思い出した。
「美容師の免許取ろうと学校行ってるんだなぁ……しっかり将来のこと考えてるわ。うちの母ちゃんも言ってた。女は手に職をつけてなんぼ。いい男見つけても職を手放すな……って」
「今は女性もバリバリ働く時代ですからね」
髪型はお任せ、とのことで來はもう考えを決めてカットに取り掛かっていた。
「もうアイドルには未練ないだろうなぁ……美容師免許取ったら辞めるんだろう。ちゃんと働いてるか?」
「はい、頑張ってくれてますよ。アイドルの仕事もレッスンもしてここでも働いて終わっても練習してますよ」
実の所まだ働いて間もないのだが半分しか出勤していない。アイドルの仕事のほうを優先している感はあった。
「それでも応援したくなるんだよ……あの子、トップの2人の陰で頑張ってる」
「……そうですね」
「せっかくのチャンスだから頑張って欲しいけどさ……彼女の夢ならしょうがない」
來も頷くが、最近はアイドルの方に重きを置いているのを身近で感じている。
「俺はリカちゃんが突っ走るまで応援する。それが俺の使命」
何度かオタクたちを見てはいるがよく付き合うこともできない女の子にお金を注ぎ込めるなぁと思っていたのだが中には使命とまでいう人もいるわけで、リカと体の関係である來は申し訳なさを感じる。
「すごいです……ファンの鏡ですよ」
「だろ。あの子が入ってからずっとファンだ。母ちゃんに似て縁の下の力持ち」
「なるほど、お母さんを投影して……」
「まぁ死んじまったからな。働きすぎて」
悲しげな目をしていたがその後、リカのことを熱弁され知らないことや知ってることをずっと聞かされたわけで。
ようやくカットも終わり客も普段したことのなかった髪型に惚れ惚れしているようだ。
「お兄さんにやってもらってよかったよ。いつかはリカちゃんに切ってもらいたいけどなぁ」
「ありがとうございます。お客様の頭の形を生かしてセットのしやすい髪型にしました」
「こんなおしゃれな美容院なんて入ったの初めてだよ。リカちゃんの前の美容院も……なんか店員にジロジロ見られてなんかさぁ、上手くいえなくてなぁ。お兄さんは話しやすくて良かったよ」
と右手を差し出された。來はいえいえ、とその手を両手で握る。
そして耳元で囁かれた。
「リカちゃん、よろしくな。悔しいけど」
「え」
なんかこの場面、前もあったような……と來はヒヤリとした。
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