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ようやく新規の客、常連の女性客のカットも終わり來は一旦控え室に入った。
ふぅ、とため息をついて椅子に座り
「どんだけバレてんだよ」
とつい声に出してしまった。
新榮といい、リカの古参のオタクといい來がリカと交際していることがバレているというのはかなりの問題である。できるだけ人目のつかないよう日中外でデートすることもなく、自宅デートというあきらかに芸能人の恋愛交際のようなことをしていた。
それは來には慣れっこだった。也夜ともそういう感じであった。
あまりネットを見ない來は恐る恐る自分の名前を検索する、エゴサーチたるものを初めてしてみた。
すると美容院検索サイトのプロフィールにすぐ表示される。
そういえば以前大輝からこのサイトには写真と名前が掲載されると言われ、下の名前と横顔の写真を撮影してもらったことを思い出した。
そのサイトを見て指名をくれる客もいれば來が也夜の恋人と知っていて指名するものも多かった。
レビューもできる機能もあるサイトだが大輝がレビュー評価は個人にはできないように設定したようだ。あえて來は見ていない。
たまにカヨが朝礼で気になる評価を読み上げているがそこまで酷いものはなくホッとはしていた。
作って持ってきた五目おにぎりを口に入れ、他の検索に戻ると思った通り也夜の記事も多かった。
いちいち全部は見なかったが、也夜の事務所のホームページを見た。
『上社也夜への応援メッセージをこちらで受け付けております。弊社では全てのメッセージを読んでおります。日頃からの応援、ありがとうございます。事務所では昨年より規定サイズ内の手紙以外のもの、プレゼント、花束の受付は承ることはできません。ご了承ください。また、彼の入院している病院へのお見舞いやご自宅、家族などへの取材もお断りしております。』
と。
事故前の写真も閲覧できるようだがファンクラブに入らないと半分ほどしか見られなかったのだが今はファンクラブも休会になつておりほぼ見られるようになっていた。
也夜と付き合っていた頃はファンクラブに入ることはしなかった來。
なぜなら着飾ったモデルの也夜よりも一緒にいる時のふわふわっとした也夜が断然好きだったのだ。
もちろんモデルの也夜はかっこいい、それはわかっているのだが自分に見せる本当の也夜はこのサイトに載ってる也夜よりもよい、來は写真を見る。
だが來都の交際を始めてからは写真の雰囲気も変わっている、多分このあたりか? と來はわかった。
包み隠さず自分を出したい、と同性愛者という事、來との交際を発表してからはモデル以外の写真で笑顔が増えている。
なかなか2人で写真を撮る機会がなかったと思い返すと也夜単独の写真がこうして残っているのはありがたいと一枚一枚時間を忘れて眺めてしまう來。
なんであの時写真を撮らなかったのか……也夜にたしか事務所からプライベートの写真は仕事以外では控える、その癖もあってか也夜は写真をあまり撮る癖もなかった。
也夜もそう写真を撮るような人間でもなかった。だから結婚式の準備の際、2人の写真が無さすぎて困ったくらいだと。結婚式の前撮りくらいだろうか。着飾った2人。
でも自分にしか見せなかったベッドの上で悶える也夜の顔だけは流石にない、それを知っている自分。ファンクラブや一般の人には見せないあの表情……來はついそれを思い出し優越感に浸り下半身が疼く。
そのところでハッと我にかえる。
「バカか、僕は」
忘れたいのになぜ忘れられないのか。忘れたいはずなのに……スマホの画面を閉じた。
トントン
扉の音。
「來さん、上社さんお見えになりましたよ」
時間より少し早め、彼女はいつもそうだったと慌ててお茶を飲み歯を磨き身だしなみ整えてから控室を後にした。
「久しぶり」
待機室で待っていた美園。黒のリクルートスーツ姿。しばらくぶりに見た彼女は相変わらずキリッとしていてそこが也夜のモデルの時の顔立ちに似ている、とふと思う。
「久しぶりです」
「ちょっと前髪を切って欲しい。あと後ろは切りすぎず結べるように……就活出遅れたけどさ、今就活の説明受けてきてさ……来週から試験なんだよ」
「そうか、もう就活なんだ……」
「お兄ちゃんの件でバタバタしたけどなんとかね」
美園は來よりも一学年下であった。先に専門学校を卒業して社会人となった來にとっては大学生である美園の女子大生らしい派手さには少し羨ましく感じていた。
個室に通した。也夜の紹介で美園もこの店ではこの個室を使っている。
「就活しなくてもお父さんに言えば……」
「言ったじゃない、親の力は借りない。私のしたいことで働く。少し遅れたけど浪人してでも……ね」
上社家の父親は大企業の商社の役員である。母親の家系も関連会社の社長令嬢ともあり政略結婚だったともいうが來が2人にあった際には金持ちや権力振る舞っている様子は見られなかったが、子供達2人は育ちが良くお金には困っていないなという様子はすぐわかった。
「お兄ちゃんが芸能の世界に早く入っちゃって……私には社会に出て関連会社の男と結婚させたいのよ。それをきっかけにさらに昇進しようとしてる」
「……そうかな。也夜のことでも昇進の一つにしてたじゃないか」
「まぁあなたと交際しているっていう事実がわかるまではね。ほんと迷惑、いい迷惑……あなたと付き合ってから家族はめちゃくちゃ。私が間に入らなかったら結婚さえもできなかったのよ」
「その件は……ありがとう」
「よくわからない、ありがとうって。お兄ちゃんの意志の尊重と家族崩壊を食い止めただけよ」
リカとは違った毒のある女性だとは前から思ってはいたが來はそういう女性に縁があるかも知れない、と目線を彼女から逸らして髪の毛に鋏を入れた。
「なんかさ、メールずっと無視してたじゃない。他に相手できたの?」
「……!」
「できたんだ。てか女の人でしょ」
図星すぎて來は咳き込む。美園は笑った。
「わっかりやすー」
「……なんでそう思う?」
「なんかさ、肌艶いいからセックスはしてそうって思ったけどー目がぎらついてるっていうかお兄ちゃんと付き合ってる時よりも目つき違うし。なんか男、みたいな感じだよね」
ダイレクトに言われ、個室でよかったと。來は鏡で自分の顔を見る。そんなに顔も目も変わったのかと。すると美園の視線を感じた。顔はさっきまでの笑い顔から真顔に戻っていた。
「……お父さん達に反対されてすぐ他の人にふらっていっちゃうの? 最低」
そっから美園は無言になった。
「すぐってわけじゃないし」
と來はこぼした。
髪の毛を整え髪の毛を払いタオルやケープを外した。
「ありがと。最低は言いすぎたけど」
「いえ、最低です。僕は……」
美園は立って來を見上げて行った。
「なんでお兄ちゃんのこと聞かないの」
「美園さんが黙るから」
「……少しは大丈夫なのか、状態はどうなのか、それに……家賃出してること何も話しない。本当最低……」
「その……」
「お兄ちゃんの意志となんやら言ったけど……私は……私は……」
美園は目を真っ赤にしていた。
「結婚は反対だったんだから」
美園は自分から個室を出て行った。
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