57人が本棚に入れています
本棚に追加
「本当に手を出した相手を間違えたね」
再び喫茶店。今は夜。ディナーで仕事終わりの湊音とカウンターでご飯を食べる來。
カウンターの中にいる李仁がそう來に投げかけた。
來は項垂れている。そんな彼に湊は肩を叩く。
大輝からしばらく休むようにと言われたあと色々わかったことがあったのだ。
リカが來と付き合っていたことが公に露呈し、他のツートップのメンバーたちの結婚引退も抱き合わせですぐに卒業公演、清流ガールズNeoの解散に向かっていくのだが……。
リカはそもそも親が大輝の店と取引のある美容有名メーカーの社長であり、清流ガールズNeoではツートップが抜けてから猛プッシュして稼いでいこうと目論んだものの今回の交際発覚と、更なる事実で崩れてしまったのだ。
なんとリカはSNSの裏アカを所有しており、もともと也夜のファンだった彼女はそのためにアカウントを作っていた。也夜のことを推す呟き、也夜が事故にあってから復帰を祈る呟きが多かった。
しかしアイドル活動や美容学校での人間関係の愚痴(固有名詞は無かったが)、オタクたちのことが増えていき、來と関係を持ってからは推しであった也夜の恋人と関係を持てたことをもちろん固有名詞を書かず投稿していた。
そしてさらに加熱していき、寝ている來の背中、脚……それはまだしもよかった部類だが行為の後のシーツに付着した体液のシミや粘液、付けられたキスマーク、そして……使用した避妊具が並べられ
『今日はこんなにもした。推しもこんなふうに何度も突いてもらったのかなー』
だなんて投稿がされてしまっては來には参ったものである。
しかしリカにとって致命傷だったのはオタクたちの容姿をなじったり、メンバーたちのひどいありもしない悪口の投稿も仇になり事務所もこの裏アカをきっかけに契約解除、それと同時にリカは海外留学と称して芸能界から姿を消したのだった。
それらのこともあり、いろんな人から同情されてしまった來。
しかし初めての女性との交際でこんなことが起きてしまいかなりのダメージもある。
「リカって子はただ推していた也夜と少しでも繋がりが欲しくて君に近づいたのかもな」
湊音がそういうと來はがくりと頭を下げた。思えば來と也夜はタイプが違う。
そう思うと來は辛くなる。自分のことを本当に好きだった、ということじゃないのかと思うと……である。
「にしても使用済みのやつ拡散されてめっちゃしんど……」
「個人情報漏洩よりもそれ以上無理」
「いや、あれも個人情報だな」
「はい……恥ずかしい」
「どんまい」
そう言って李仁から渡されたデザートのチョコムースを來に渡した。
同情されるたび辛そうな顔になる來を見て湊音はこれ以上言わないよう話を広げるのをやめたようだ。
「それよりも新しい店の候補は見つかった?」
李仁が話を変えた。來はほっとする。
「一応大輝さんに見つけてもらって、小さいところだけど」
「いいじゃない。知り合いにデザイナーいるけど紹介しようか?」
「あ、お願いします……お言葉に甘えて」
「いいのよ、いつでも甘えて」
と李仁が微笑むと湊音が咳払いをする。直接は言ってこないが李仁と來の関係をわかっているようだ。
「あと……その出資者の人、よく今回の件で手を引かなかったよなぁ。普通なら……」
「湊音さん、それなんですよ。そこだけが本当にほっとして。なんでなんだろう……」
そう、例の出資者はまだ支援をしたいと言っているのだが、大輝が言うにはしばらく仕事の都合で海外に行っているらしい。來の例の件もネットで知ってはいるが同情しているらしく、大輝からもなんとか助けてやってほしいと懇願されたのかなんなのか……不明なのだが。
「で、そろそろやってくると」
「……はい、名前も知らないしどんな人なんですかね」
「富豪かなぁ」
來と湊音は想像する。だが無い無い、と笑っていた。
その時。
「すんません! 遅くなりましたが」
店の入り口から大きくドアが開く音とかなり大きな声で誰か入ってきた。
「いらっしゃいませ」
李仁が声をかけるとその大声の持ち主で眼鏡をかけた茶髪のショートでカジュアルな格好な男がカウンターでひとまず水を飲みたいと渡された水を一気飲みした。
來と湊音はその男を見る。するとその男は來を見るなり
「あ、君……例のあの來くんか」
「……まさかって……あれ、どこかで見たような」
來には心当たりがある。その男。立ち上がると來よりもかなり低い背丈。
「あっ」
來は思い出した。男はニカっと笑った。
「思い出したかー?」
「思い出しましたっ! 分二さんだったんですね!」
來は分二の手を取った。分二も握り返しぶんぶん振る。
そう、この分二という男は大輝の店の常連であり來もアシスタント時代によくシャンプーを入らせてもらっていた。
清流ガールズNeoの現場で彼女たちの口から『ぶんじぃ』という金持ちのオタクがいると聞いていたのだがそれが分二、というのもリカから聞いた。
「すまんなぁ、しばらく海外で立て込んだ仕事があってな。なんとかなったから日本に戻って仕事再開できる。今まで黙っててごめんな」
「いえ、なんかその……びっくりというかなんというか」
來はすごく嬉しかった。分ニがまさか自分のことを支援してくれる人だとは全く予想もつかなかったようだ。だが分ニはその表情を見て表情は変えずこう言った。
「僕が支援するってわかっちゃったら君は絶対僕に頼りきっちゃうって思ったからだよ」
來はその言葉が図星すぎて苦笑いした。とりあえず分ニを席に座らせて李仁が差し出したメニューを渡して選んでもらった。
「へー、こういう店が子ども食堂も運営するってよく考えましたねぇ」
分ニはさほど気にしてなさそうだったが來は気にしているようだった。
最初のコメントを投稿しよう!