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「大地……?」
気づかなかった――誰かが近づいて来ていることに――……。
名前を呼ばれて握りしめていた手の力がスーッと抜けていく。
忘れもしない――俺を捕まえた男――そして、俺の愛した男だ。
「悟……」
「やっぱりここにいたんだね」
「な、んで……?」
「俺を誰だと思ってるの? これでも元刑事だから……」
「元って?」
「言葉通りだよ。俺は刑事を辞めた」
「意味わかんないんだけど……」
俺を逮捕したのは間違いなく目の前の悟なのに、こいつは刑事を辞めたという――どうしてなんだ?
どうして刑事を辞める必要があったのだろうか?
「ねえ大地、お母さんに会いに行かない?」
「えっ……? 母さんは生きてるのか?」
「生きてるよ。今は体を壊して施設にいるんだ」
「けど、どうして悟が母さんのことを……?」
「約束しただろ? お前のお母さんのことは、俺がちゃんと守るからって……」
「だけど……それは……」
「約束はきちんと守る」
「だから、刑事を辞めたのか……?」
俺の問いかけには軽く流すように笑みを浮かべるだけで、少しづつこちらへ向かって近づいてくると、そっと手を取られた。
「おかえり大地……」
「ただいま……」
握られた手を握り返すと、更にキツく握りしめられた。
この温もりを覚えている――……。
いつも温かく俺を包み込んでくれていた腕の感触も――俺が包み込んでいた感触も――。
もう泣くことなんてないと思っていたのに、もうすでに二度目の涙を流していた。
「お母さんに会いに行こう。ずっと大地の帰りを待ってるから……」
「母さんは、俺に会いたい……かな?」
「今でも変わらずに待ってくれてるよ」
その言葉に、胸が熱くなる――どれだけ辛い思いをしていたとしても、息子の帰りをひたすら待ち続けるのには、もの凄い精神力がいるだろう――ましてやそれが、殺人犯となればなおさらだ。
俺は、涙を隠すように俯いたまま首を縦に振った。
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