特別な一日

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 10年も経てば、見慣れたはずの街並みは変わっていて、近くにあった商店街も、公園も姿を変えて高層マンションが立ち並んでいる。  まだ家はあるのだろうか……? 会いに来る資格がないことはわかっている。それでも、自然と足が向かっていた。 「あった……」  胸の奥から熱いものが込み上げてくる――自分の育った場所。そこには変わらぬ姿で建っている家があった。  表札には【門倉】と印されたままで、その表札を指でなぞってみる。 「母さん……」  元気にしているだろうか?  俺が警察に捕まり、【殺人犯の息子を持つ母】――というレッテルを貼られてしまったことで、俺なんかには計り知れない苦しみを抱えて生きてきたのではないだろうか?  どれだけの年月をかけたとしても償いきれない傷を負わせてしまったと後悔する反面、自分の中にあるあの瞬間のやり遂げた感が消えないのも事実で、父さんに手をかけたことへの後悔は全くない。  人の気配を感じない玄関のドアに手を伸ばし、ドアノブを回してみるけれど、そこには鍵がかかっていた。  さすがに、もう誰も住んでいないということだろうか――?  そう思い、ダメ元で昔から家の鍵を隠してある玄関先の植木鉢の下に手を忍ばせると、指先に何かが触れた。中指でそれを引っ掛けながらこちらへ引き寄せると、見覚えのある鍵が姿を見せた。 「変わってないじゃん……」  小さく言いながら鍵を手に持つと、もう一度ドアへと近づき、鍵を差し込んで回した。 ――ガチャッ――  あの頃と変わらない鍵の開く音が響きドアノブを回すと、玄関のドアが開いた。  躊躇なく家の中へと足を踏み入れると、玄関に入るなり、大量の紙が散らばっている。 【出ていけ!】 【殺人鬼のいる家】 【早くこの町から消えろ!】  数え切れないほどの心許ない言葉が書かれた紙を手の中いっぱいに拾い上げると、それを胸に抱えてその場に膝を折る。  母さんは、どうやってこの町で生きていたのだろう?  白い目で見られ、後ろ指を指され、顔を上げることもできずに俯いたまま過ごしていたのだろうか?  それとも、家から出ることのないまま生涯を終えてしまったのだろうか?  俺の犯した罪を、まるで自分がしたことのように感じながら、この世を去ったのだろうか?  いつの間にか、生温かい一筋の雫が頬を流れていて、それを右の袖でさっと拭う。  泣く資格なんて俺にはないのに――……。
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