特別な一日

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 俺の少し前を歩幅を合わせるように歩いている悟の背中を見つめながら、ふと思う。  自分の目指して手に入れた夢を捨ててまで、悟がここにいることの意味は何なのだろう――?  犯罪者の家族と関わるということは、少なからず自らの夢を断ち切る覚悟がなければ出来ないことなはずだ。  そんな苦渋の決断をしてまで、実の母親でもない俺の母親の側に寄り添っていたのは、何のためなのだろう――? 「ここだよ」  家からそれほど離れていない場所にある施設の前で静かに足を止めると、悟が言った。  ここに――母さんがいる。  しっかりとした大きな施設だ。自然と力なく垂らしていた腕に力が入り、拳を握っていた。 「行こう」 「ああ……」  本当は会うのが怖い――母さんは俺のことを恨んでいないだろうかという不安が一気に押し寄せてくる。それでも前に進めるのは、目の前に心強い確かなものが存在しているからだろう。   ――トントン――  ある部屋の前へやってくると、悟がドアをノックしてゆっくりとスライドさせた。  扉の向こうには、背中を向けたままの年配の女性が窓の外をぼんやりと眺めている姿がある。 「おば様、来たよ」 「悟くん……いらっしゃい」 「今日はね、お見舞いに来てくれている人がいるんだ」 「私に……? さて、誰かしら?」  悟の言葉に受け答えをきっちりしながら、母さんが背を向けていた体をこちらへと向き直らせて顔を上げた。 「だ、いち……」 「母さん……」 「ああ……おかえり。大地、おかえり」 「母さん……ただいま」  両手をこちらへ伸ばしている母さんへ自然と体が反応して近づいて行き、その手を握りしめると、母さんは涙を流しながらも優しく笑った。  それに答えるように、自分も笑おうと試みるけれど、ちゃんと笑えているだろうか? 「ずっと、ずっと待ってたよ」 「母さん、ごめん……辛い思いさせてごめん」 「謝る必要なんてない。私はちゃんとわかっているから……。大丈夫、誰が何と言おうと、母さんは大地の味方だからね……」 「母さん……」  しっかりと手を握りながら、真っ直ぐに目を見て伝えられた言葉に、もう何度目かわからない涙が頬を伝う。  母さんへの言葉に嘘はない。  だけど、俺はやっぱり――父さんを殺めたことを後悔はしていない。 「でも、俺は後悔していないんだ……」 「もう何も言わなくていいから……」 「きっと、これからもずっと……俺は、自分のした事を間違っているとは思わない」 「大地……」  嘘偽りのない言葉を伝えると、母さんはただ静かに頷いた。  温かくて小さな手が、必死で俺の手を離さないようにキツく握られていく。  その手を、もう一度優しく包み込んだ。
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