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ここはとあるオフィスビル。横一列にずっと続く大きな窓からは、晴れやかな空が見える。気候は穏やかでとても気持ち良さそうだ。
…でも、経理部の一角はピリピリとして、誰も窓の外など見る者はいなかった。みんなパソコンの一点を見つめるかのように、一心不乱に仕訳した領収書の数字を、テンキーを叩いて打ち込んでいる。
年度末に比べればマシなものだけど、月末に近いこともあり、会社中の部署から領収書の束が届く。ペーパーレスにして欲しいと言って何年経っただろうか…
犬井真央も経理部の一人で、お昼までにはここまで入力しようと決めていた最後の領収書を見て言った。
「また?!」
苛立った様子で立ち上がる犬井。
早く行かないと昼休憩でいなくなってしまう。午前中の入力で不備があるのは、この人のものだけだった。
「全く…」
と領収書を掴んで犬井は部屋を出た。周りのみんなは『またあの人か』とくすくすと笑った。
パタンと後ろ手にドアを閉めた犬井の表情がふっと変わる。
トクトクと犬井の心臓は静かに脈を速めていた。その気持ちが漏れ出ないように、犬井は眉にキュッと力を入れてエレベーターのボタンを押した。
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