父 三上 勉

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「連絡ありがとう。気持ちは変わっていないので、良ければまた話しませんか?」  電話に出た彼は、なかなか外に出られないので自宅へ招きたいと言い、俺はそこへ向かうことになった。  数日ぶりに見た彼の顔は相変わらず疲労の色が濃く、血色も悪かった。きちんと食べているのかとリビングに向かいながら話していると、つい食べるのを忘れてしまうんだと話した。 「ひとつだけ聞きたいことがある。何故、俺に奥さんの忘れ形見でもある大切な子供を預けようと? 会ったばかりの、信頼関係もできていない俺に」  尋ねると、彼はこ首をかしげてからあっけらかんと答えた。 「借金を作った理由が、人の為だったから。あとは……」 「あとは?」 「握り飯が、美味かったから」 「……それだけのことで?」  たったそれだけのことで、彼はこんなにも大きなことをあの公園で決意し、実行しようとしているのか、と心底驚いた。不思議な感覚に囚われる。 「事実は小説よりも奇なり。現実で起こるからこそ余計に不思議に思うかもしれないが、意外にもこの世には理解の及ばない現実が多々存在してると思っています。そんな選択を自分自身がしていく人生も、楽しいんじゃないでしょうか」  彼が言ったその言葉は、その後の俺の人生にも色を与えてくれた。この言葉がなければ、俺はつまらない選択をしながら生きていただろう。  ベビーベッドの赤子は、よく見ると目元が彼にそっくりで、鼻から下は写真たての中で微笑む母親の面影をうつしていた。  腕に抱くとその温もりに助けられるような感覚に陥る。その子を抱きながら、俺は気付けば「大切に預かります」と彼に告げていた。  預かる子の名は、創太郎。  日にちの詳細等を話し合い、別れ際に彼は名刺を渡してくれた。  作家 高井総次郎  そこには、そう記されていた。
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