それから

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それから

「それは……すごい話だね。小説みたい」 「事実は小説より奇なりって言うだろ? 小説を越えてやるくらいの気持ちで、これからの人生の選択肢を増やしていきたい。自分の物語を作っていこうって思ったんだ」  優希に告げると、彼女は笑いを堪えられないといった風に腹を抱えた。 「君って、本当に高井総次郎の子供なんだね」 「どうして?」 「んーん。なんとなく、そんな気がした」  ふたりで公園のベンチに腰掛けながら、僕らはそんな話をした。  高井総次郎の遺作、〔醜かろうが〕は一頁一頁、しっかりと読んだ。なんとなくだけれど、高井総次郎自身をモデルとして、愛する人への感謝を描いたもののように感じた。  想像するに、三冊目は母の看病の最中での執筆だったのかもしれない。そして病床の母と、魂の作品を書くと約束したのかもしれない。全て妄想であり、もう真実を知る術はないのだけれど。これは、僕なりの解釈だ。  春風に吹かれながら浴びる木漏れ日の、なんと気持ちの良いことか。僕の隣には優希がいて、かつてこの場所で出会ったふたりの父親がいて、ふたりの母親がいて、兄もいる。  兄は長男として、僕の出生について早くに聞かされていたそうだ。血の繋がりがなくとも優しく接してきてくれた兄や両親に、今は感謝の気持ちしかない。    今は、見た目のことなんて気にならない。前髪も短く切ってみた。そこから見える景色は、たくさんの色で彩られているから。  もし、本当の父親が作家でなかったのなら、また違った景色が流れていたのだろうか。もしかしたら、未だ絶望の中にいたのだろうか。むしろ今の自分は幸せなのだろうか。もしかすると全力で無理をしているだけかもしれない。そう考える。  こうして、幾通りもの思考を巡らせていると、自然と見えてくる大切なものもある。それが、今はただただ楽しくて仕方がない。  いつかこの気持ちを文字にすることができるだろうか。いや、文字を綴り、何かを誰かに届けようとしている人を助けられる職業も良いかもしれない。  僕は、リズムを刻みだしたこの胸に手を添え、確かな命を感じて歩き出す。 「優希、行こうか」 「うん」  手を伸ばせば自然と温もりを与えてくれるたくさんの手を大切にしながら、僕は──僕たちは、進んでゆく。  この世に在るひとりひとりの物語を、僕は描いていきたい。今はそう、思っている。  例え醜かろうが、僕は僕であり僕でしかなく、他と比較したところでどこまでも僕なのだ。そんな自分を、今は少しだけ誇りに思う。  自分が何者であるかは、これからの自分が教えてくれるだろう。 了  
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