絶望と希望の狭間

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 深夜に目が覚め、喉が乾いたからと階段を降り、リビングのドアを少し開けた時のことだった。中から、両親の話し声が聞こえる。 「私は創太に本当のことを話すべきだと思うの。来年は大学受験。大切な時期だからこそ、今のうちに」 「だが……。家を出る時でも良いんじゃないか?」 「それじゃあ遅い。そもそも、気付いてるかもしれないもの。早い方が良い」  父と母のそのやり取りを聞き、僕はそのまま足音を忍ばせ階段を上がった。  部屋に戻り、ドアを閉めそのまま地べたに座り込む。    とは、僕がふたりの子供ではないという話だろう。  何年も前から分かっていたことだった。今更ショックをうけるだなんて、どうかしている。なのに……どうしても胸が(えぐ)られるように痛い。うまく呼吸ができない。吸えない、吐けない、息苦しい。痛い、苦しい。  本だ……、本を、読もう。物語に没入すれば、心も落ち着くはずだ。僕は四つん這いのままずるずると本棚に向かい、久しぶりにあの本を手に取る。僕を虜にしたあの作品だ。三作目が期待を上回らなかったため、四作目は読んでいない。あの作品ならば僕を救ってくれる。そう思いページを開くが、期待は泡となる。  何をしても無駄だった。こんなとき、大人なら酒でも飲むのだろうか。今の僕にはなんの手段も残されていない。  僕は、(すが)るように優希に電話をかけ、電話口に出た彼女に今起きていることを口早に話した。それは俯瞰してみても明らかに内から這い出てくる闇を少しずつ吐き出すような、滑稽な姿だった。 「そっか……。息を、意識して吐き出しながら聞いてね。三上くん、書いてみたらどうかな? 君にしか書けない物語。自分から溢れてくる物語なら、誰よりもその世界に没入できるんじゃないかな。それで、気持ちの準備ができたら、堂々とご両親と向き合えば良い。今は、今の自分を文字にするだけで良いの」  優希からの言葉に、何故だか涙が溢れてくる。絶望と希望の狭間にいる人間は、皆こんな気持ちになるのだろうか。何にも例えがたい、それはまるでふわふわと宙を漂うケサランパサランのような頼りなさと希望。  僕は通話を切るなり、書き始めた。後で読み返してみれば、それは物語として成立していない、エッセイにすらならない、ただの素人の戯れ言だった。だが、僕は明らかに心を立て直すことに成功していた。  両親の話は、聞かなかったことにした。  高校卒業と同時に家を出よう。そう決意し、僕は数日後に淡々とそれを両親に告げた。  その日から、数ヶ月ほど経った頃だった。高校生活も残り一年となった頃。話があるからと両親に外食に誘われた。嫌な予感がする。行く直前になって緊張からか吐き気すら覚えた。  学校帰りに指定された場所に行くと、両親は既にテーブルについており、あなたは賢い子だから単刀直入に話すねと母親に切り出された。  いざ話し出そうとすると母親は言葉に詰まった様子で、助けるように父親が過去を話し始めたのだった。 「十七年ほど前の話だ。俺には、大きな借金があったんだ……」  僕のルーツが、今明らかにされようとしていた。
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