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父 三上 勉
心地よい春風に吹かれながら、浴びる木漏れ日のなんと気持ちの良いことか。そのなかで自分が持っているものと言えば、多大な借金と愛する妻と子。光と闇の狭間で見る自身の手には、今にも全壊しそうな人生。
公園のベンチに座り、どうにか気力を持ち直そうと考える自分と、もうこの人生ごと諦めてしまおうかというもうひとりの自分とが鬩ぎ合う。
一向に纏まらない頭を無理して稼働させていると、ベンチをひとつ挟んだ場所からカタンという音が聞こえ、そちらに目を向けた。
決して綺麗とは言えない身なり。三人がけのベンチに大きく身体を預け、左右に放り出された腕からは何か写真たてのようなものが落ちている。先程の音の所在はそこだろう。背もたれに頭をのせ、空を仰ぐその男性は寝ているのか起きているのか。ゆるりと伸ばされた前髪が邪魔をして、その表情は伺えない。
「ああ、腹へった」
そう呟いて、彼は自嘲気味に口元を歪ませた。
そうだよな。辛かったりしんどかったりするのは俺だけじゃない。もしかしたら彼は俺よりも酷い状況なのかもしれない。そう考えると不思議なもので、数秒前までこの世で一番不幸な人間は自分だと思っていたことに羞恥を覚えはじめる。
この時自分が何を思ったのかはわからない。それくらい自然に無意識に、俺は今朝妻に持たされた塩むすびを彼に渡した。自分を救うための、ただのエゴだったのかもしれない。
立ち上がり、良かったらどうぞと握り飯を渡すと、彼はちらと俺を見たあとに、無言でラップを剥いでそれを食べ始めた。
食べ終えると、もとのベンチに戻った俺に男は聞こえるか聞こえないかの声量で礼を言った。
「とても美味しかった。ありがとう」
「それは、良かったです」
伸びた前髪から覗いた瞳からは、悲しみと相当な疲れが見てとれて、だがしかし、何か希望とも野望ともとれるような強さも見てとれた。僅かに口角を上げた表情を見るに、俺よりも少し年下、20代半ばといったところだろうか。
「僕ね、子供がいるんですよ」
唐突に話し出した彼に、俺は共感を抱く。
「そうですか。俺にも妻と子供がいる。お子さんはいくつ?」
「奥さんですか……良いなあ。子供はまだ0歳です」
言葉を返しあぐねていると、再び彼が話し出す。
「奥さんね、もともと体が弱くて、死んじゃったんですよ。息子を産んで、少し経ってから。死ぬ前にね、約束したことがあったんですよ。なのに、それもこのままじゃ守れそうにない。……そちらは?」
「あ……俺のところは元気だよ。苦労を掛けっぱなしで申し訳ないけどね」
「そうじゃなくて。そちらは、何故今にも身投げしそうな顔でこんな公園に?」
ああ、そんなに分かりやすく不快なオーラを出してしまっていたのかと苦笑する。
俺が事のなり行きを説明し、借金に追われていると言うと、彼は、良かったと言って笑った。
「なにが良かったと思うんだ?」
「だって、お金で解決できることだから」
「それはそうだが……百万や二百万じゃないんだぞ」
「そうですね」
彼は数秒なにかを考え込んでから、再び口を開いた。
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