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蛍一が取り出した黒いチョーカーは、前面にシルバーのリングがついており、後ろをベルト状の金具で止められるようになっていた。
「俺が前噛み痕隠すのに使ってたやつ。もう使わないからあげるよ」
「こんなにかっこいいもの貰っていいの? ……僕に似合うかな」
「おいで」
想夜が言われた通り鏡の前に立つと、蛍一は彼の首にチョーカーを当てがってベルトを通してくれた。
「ほら、似合ってる」
「本当?」
想夜は少し頬を染めて蛍一を振り向いた。彼は笑って頷いてくれる。
「首元隠すのは抵抗あるだろうけど、ヒート中ぐらいはつけといた方がいいよ」
「ありがとう」
想夜は前面についたリングを撫でる。人に何かをもらうのは久々だ。
確かに首元を覆うのには抵抗があった。一目でオメガだと知られてしまうし、アルファを必要以上に警戒しているようで失礼にあたる気がする。時には自意識過剰だと非難を受けることさえある。だからオメガはなかなか首元を隠せず、予期せぬ事故を引き起こしてしまうのだ。
でも、蛍一にもらったチョーカーはすぐに想夜の首に馴染んだ。これをつけて外を歩いてみたくなる。
それから2人は色々な話をした。
学校に友人のいない想夜には、自分がこれだけ長く人と会話していることが信じられなかった。
(帰りたくないなぁ)
段々と暮れゆく空が憎い。でも彼には彼の生活がある。
助けてもらった上に家にまで押しかけ、こんなに長居してしまった。
名残惜しくも家に帰ると切り出せば、近くまで送ると言ってくれた。
想夜は素直に甘えることにした。迷惑をかけて申し訳ないなんて思うのも、今更すぎる。
「お前、ちゃんと飯食えてる?」
夕日を背に受けながら、20分ほどの道のりを2人で歩く。
「食べてるよ」
「それならいいけど。朝、家族に電話しようとしたら拒否されたから、少し心配だった」
「あぁ……ごめんなさい。ちゃんと3食作ってもらってるし、温かい寝床もあるし、学校にも行かせてもらってるよ。僕がちょっと……」
想夜は言葉を選ぶように一瞬黙り込む。
「なんというか、勝手に距離を置いちゃってるだけで」
顔を上げて苦笑した。
「3人きょうだいなんだけど、高校生の兄さんと姉さんはどっちもアルファなんだ。昔は仲良くて、よく3人で遊んでたんだけど。僕だけがオメガと診断されてから、少しずつ距離が開いていっちゃって」
「うん」
「2人ともすごく優秀なんだよ。僕の憧れだった。でも、段々怖くなっちゃって。きょうだいなんだから遠慮なんていらなかったのに、僕は勝手に怖がって2人に近づけなくなった」
「何が怖いんだ?」
「なんだろう。2人……のことじゃない。僕が、勝手に否定されてる気持ちになってた。傷つくのが怖かったのかも」
想夜はまた苦笑した。
「父さんもアルファで、母さんはオメガの番の夫婦なんだ。父さんは兄さんと姉さんをよく褒める。3人の世界に入ったら、僕と母さんは取り残されるしかない。父さんは僕に話しかけないから、気弱な母さんも父さんと一緒に僕から離れていった。……っていう状況で」
「それは……」
「僕が悪いんだよ。家族なのに家族らしい関係が築けなかった。勝手に距離を置いて、もう取り返しがつかなくなっちゃった」
想夜はため息を吐く。
「僕が学校で友達ができないのもこのせいだよ。アルファを見てもベータを見ても怖くて、勝手に距離をとって、結局どこにも馴染めない」
「想夜」
はっきりと名前を呼ばれて蛍一の方を見上げると、目を細めて微笑んでくれる。
想夜は彼のこの笑顔が好きだと思った。
「性別のせいにも家族のせいにもしないんだな。ちゃんと自分と向き合ってる。お前にはきっといい番が現れるよ」
「……そうかな。僕が番なんて、実感湧かないな」
「まだ中学生なんだから、実感湧かなくて当たり前だ。それまで俺と友達でいよう」
「え?」
「オメガのことは怖くないだろ?」
想夜はクスリと笑って、彼を見上げて大きく頷いた。
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