4

4/4
前へ
/80ページ
次へ
 蛍一が取り出した黒いチョーカーは、前面にシルバーのリングがついており、後ろをベルト状の金具で止められるようになっていた。 「俺が前噛み痕隠すのに使ってたやつ。もう使わないからあげるよ」 「こんなにかっこいいもの貰っていいの? ……僕に似合うかな」 「おいで」  想夜が言われた通り鏡の前に立つと、蛍一は彼の首にチョーカーを当てがってベルトを通してくれた。 「ほら、似合ってる」 「本当?」  想夜は少し頬を染めて蛍一を振り向いた。彼は笑って頷いてくれる。 「首元隠すのは抵抗あるだろうけど、ヒート中ぐらいはつけといた方がいいよ」 「ありがとう」  想夜は前面についたリングを撫でる。人に何かをもらうのは久々だ。  確かに首元を覆うのには抵抗があった。一目でオメガだと知られてしまうし、アルファを必要以上に警戒しているようで失礼にあたる気がする。時には自意識過剰だと非難を受けることさえある。だからオメガはなかなか首元を隠せず、予期せぬ事故を引き起こしてしまうのだ。  でも、蛍一にもらったチョーカーはすぐに想夜の首に馴染んだ。これをつけて外を歩いてみたくなる。  それから2人は色々な話をした。  学校に友人のいない想夜には、自分がこれだけ長く人と会話していることが信じられなかった。 (帰りたくないなぁ)  段々と暮れゆく空が憎い。でも彼には彼の生活がある。  助けてもらった上に家にまで押しかけ、こんなに長居してしまった。  名残惜しくも家に帰ると切り出せば、近くまで送ると言ってくれた。  想夜は素直に甘えることにした。迷惑をかけて申し訳ないなんて思うのも、今更すぎる。 「お前、ちゃんと飯食えてる?」  夕日を背に受けながら、20分ほどの道のりを2人で歩く。 「食べてるよ」 「それならいいけど。朝、家族に電話しようとしたら拒否されたから、少し心配だった」 「あぁ……ごめんなさい。ちゃんと3食作ってもらってるし、温かい寝床もあるし、学校にも行かせてもらってるよ。僕がちょっと……」  想夜は言葉を選ぶように一瞬黙り込む。 「なんというか、勝手に距離を置いちゃってるだけで」  顔を上げて苦笑した。 「3人きょうだいなんだけど、高校生の兄さんと姉さんはどっちもアルファなんだ。昔は仲良くて、よく3人で遊んでたんだけど。僕だけがオメガと診断されてから、少しずつ距離が開いていっちゃって」 「うん」 「2人ともすごく優秀なんだよ。僕の憧れだった。でも、段々怖くなっちゃって。きょうだいなんだから遠慮なんていらなかったのに、僕は勝手に怖がって2人に近づけなくなった」 「何が怖いんだ?」 「なんだろう。2人……のことじゃない。僕が、勝手に否定されてる気持ちになってた。傷つくのが怖かったのかも」  想夜はまた苦笑した。 「父さんもアルファで、母さんはオメガの番の夫婦なんだ。父さんは兄さんと姉さんをよく褒める。3人の世界に入ったら、僕と母さんは取り残されるしかない。父さんは僕に話しかけないから、気弱な母さんも父さんと一緒に僕から離れていった。……っていう状況で」 「それは……」 「僕が悪いんだよ。家族なのに家族らしい関係が築けなかった。勝手に距離を置いて、もう取り返しがつかなくなっちゃった」  想夜はため息を吐く。 「僕が学校で友達ができないのもこのせいだよ。アルファを見てもベータを見ても怖くて、勝手に距離をとって、結局どこにも馴染めない」 「想夜」  はっきりと名前を呼ばれて蛍一の方を見上げると、目を細めて微笑んでくれる。  想夜は彼のこの笑顔が好きだと思った。 「性別のせいにも家族のせいにもしないんだな。ちゃんと自分と向き合ってる。お前にはきっといい番が現れるよ」 「……そうかな。僕が番なんて、実感湧かないな」 「まだ中学生なんだから、実感湧かなくて当たり前だ。それまで俺と友達でいよう」 「え?」 「オメガのことは怖くないだろ?」  想夜はクスリと笑って、彼を見上げて大きく頷いた。
/80ページ

最初のコメントを投稿しよう!

104人が本棚に入れています
本棚に追加