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1日の仕事を終わらせ、足早にエレベーターに乗り地下1階に下りる。津波が下りて来て2人は車に乗り込み、向かった先は高級中華料理店。駐車場に車を停め店内に入ると、奥の部屋へ通された。赤い円卓に2脚の椅子。
先に伊織を座らせ、向かい側に津波が座る。2人にメニューが渡されるが、津波が次々に注文していく。伊織にはメニューを見ても料理の想像すら出来ない。津波が注文し終わり、伊織に声をかける。
「伊織、前とは違うフカヒレが食べられるぞ。他にも色々頼んだから中華料理を楽しもうぜ」
「う、うん…」
(一体……どれくらいするんだろう……あの時のランチは、確か……フカヒレの姿煮1つ7000円だった。それが2つと点心が数種類……ランチの金額じゃなかった…)
円卓に次々に運ばれて来る。写真で見た事のある、北京ダック。料理人が皮を綺麗にそぎ切りにし食べやすく調理してくれる。伊織には食べ方が分からず、津波が丁寧に教えてくれ、初めて食べる北京ダックに舌鼓を打つ。次にフカヒレの姿煮。以前よりも大きな皿に大きなフカヒレ。食べてみると以前の物とは違うと伊織でも分かるほど、本当に美味しかった。
次は燕の巣のスープ。フカヒレと同じように燕の巣自体に味はほとんどなく、スープの味にプルンとした触感がある。ゼリーを食べているような感じだ。他にも麻婆豆腐や春巻き、シュウマイなどの点心も円卓いっぱいに並んだ。
初めて食べた高級中華料理は、食べた事のない伊織にも美味しさが伝わり、十分堪能する事が出来た。会計は津波がカードで支払い、どのくらいしたのかは伊織には分からない。だがレストランでフルコースのディナーを食べる金額より、遥かに高いはずだった。
高級中華料理店をあとにして、津波は車を走らせる。
街を一望出来る夜景スポット。広い駐車場に車を停めて車から降り、夜景が見える展望台に向かう。展望台の柵に掴まり、伊織は一面に見える街の灯りにため息をつく。
「はぁっ……綺麗…」
「だな。今日は雲もなくて、空には星も見えるし、夜景も綺麗に見える」
津波が伊織の隣に立ち、景色を見ながら話す。
「夜景を見るのは初めてか?」
「うんっ、初めて…」
「そっか…」
「好きな人とクリスマスを過ごすのも初めて」
「それは、俺もだな。好きな女とクリスマスに夜景を見るだけで、こんなに幸せになるんだな」
「うんっ」
ビューと強く冷たい風が吹く。2人はスーツの上からコートを来ているが、少し寒い。すると津波がコートのボタンを外し、前を開けて伊織の背後から包むように伊織に覆い被さる。津波のコートの中にスッポリおさまる伊織を、津波が抱き締めて耳元で囁く。
「伊織、温かい…」
「それはこっちのセリフ…」
「ふふっ……寒くない?」
「うんっ、温かいよ…」
伊織が笑顔で顔を横に向けると、津波は顔を寄せ「メリークリスマス」と言いキスをした。
しばらく夜景を眺め、車に戻って暖房で温まる。家に帰ると2人はそのままベッドへなだれ込み、冷えた体を温め合った。
あの事件以降、1週間の禁欲生活をし、あけると次は津波が忙しくすれ違いで、肌を重ねる事が出来ていなかった。クリスマス・イブの夜、ようやく2人は久しぶりに激しく求め合い、蕩けるような甘い夜を過ごした。
「伊織……伊織…好きだ…」
津波の吐息交じりの声が、伊織の耳にこだまする。体も脳も溶かす津波に、伊織は逃げられないほど溺れていた。
「紅……好き…好きだよ…」
熱に浮かされたように、津波への想いを口にする伊織。その想いは頭で考えるよりも強く、心から溢れる想いだった。
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