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「うわぁ! デザイン、変わらずに作って下さったんですね」
「そうです。基本のデザインはそのままで、肩紐やアンダーの部分を少しずつ広げて強化してあります。見た目は変わりなく真紅のデザインのままなんです」
「ありがとうございます。お客様もきっと喜んで下さると思います」
花村は嬉しそうにそう言ってブラを眺め、すぐにその場で依頼人の客に電話をかけた。電話が繋がり花村は特注ブラが完成し、入荷した事を報告する。電話口から声が漏れ、伊織にまで聞こえてくるほど客は喜び礼を言う。そして2日後に店に訪れると言って電話を切った。
「花村さん、あとはよろしくお願いします」
「はい。春風さん、本当にありがとう」
「いえ、こちらこそ。いい経験をさせて頂きました」
伊織は花村に礼を言って、店をあとにした。
社に戻ってデスクワークを始める。オフィスに課長の浜田の姿がなく、伊織は同僚達に尋ねる。
「課長はどこに?」
「あぁ、社長室に行くとか言って出て行ったけど…」
「そうですか…」
(早速、特注企画の件を話に行ったのかな…)
それから午後1時過ぎ、オフィスに浜田が戻って来たが、鞄を持ちすぐにまた出かけて行った。企画がどうなったのか気になるところだが、伊織は浜田からの報告を待つ事にした。
仕事を終えていつもの場所で津波を待つ。少し待っているとエレベーターで津波が下りて来て、2人は車で家路につく。
家に帰ると2人は部屋着に着替え、伊織は夕食の準備を始める。津波はリビングでスケッチブックを広げ、デザインを描いていた。
「今日、真紅のブラを届けて来たよ。花村店長がお客様に連絡したら、すごく喜んでくれて「ありがとうございます」って言ってたよ」
「そっか、よかった」
「それと今日、浜田課長に企画書出したよ」
「あぁ、聞いたよ。その件で動き始めたんだが、色々と誓約があって社員の伊織には話せない事もある。悪いが決定するまでこの話は出来ないんだ」
「うん、分かった。いいよ、浜田課長からの報告を待ってる」
「悪い…」
「ううん、気にしないで」
「ありがとう。あっ、伊織」
「ん…?」
「伊織に作ってやる真紅のキャミソール、今日の夜から作り始めるからな。もう少し待ってくれ」
「ほんとに? うん! 待つ」
「それと真白のデザインもだいたい出来た。サンプルを作り始めるから、夜は夕食の後、作業場にこもる」
「分かった。無理しないでね。体はきちんとベッドで休めて…」
「あぁ…」
2人で夕食を済ませた後、伊織が片づけている間に津波は風呂に入り、少ししてからスケッチブックを持ち作業場へ入った。伊織はモデルとして津波に呼ばれない限り、作業場に入るつもりはなく邪魔をしたくないと思っていた。作業場は津波にとって職場であり、デザイナー紅の居場所でもあるのだ。
その日から、仕事を終え家に帰ると、伊織は夕食を作りその間に津波は風呂に入る。2人で他愛もない話をしながら夕食を済ませ、伊織が片づけ始めると津波は作業場に入るようになった。
伊織はリビングで寛ぎながら時々、リビングから作業場の様子を窺う。窓から見える津波は真剣で型紙を作っている様子や、ミシンで作業している姿、トルソーと向かい合っている様子を眺める。
(すごいなぁ……今までもあんな風に下着を作って来たんだ……)
深夜0時を過ぎても津波がリビングに戻ってくる事はなく、伊織は1人静かに布団に入る。
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