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「哲兄は……っ、誰かを好いているの……?」
「千由里のことは、妹だと思っている。だから色恋はできない」
あらかじめ用意していた答えを、すらすらとおれが喋ると、千由里の顔が怒りに強張った。
「嘘ばっかり。わたし、知ってるんだから」
「……」
「っ女の人といい雰囲気になるたびに、体良く断ってるの、知ってるんだから!」
小さな村だ。噂ひとつが命取りになる。誰かに言えば、相手が迷惑を被る。自分を押し殺してでも守りたいもののために、おれは沈黙を選んだ。
「嘘でもいいから、わたしのために帰ってくるって言ってほしい……っ」
「――大事な妹に、嘘を言えると思うか?」
「っ……」
おれの言葉を、千由里は屈辱と受け取ったようだった。
「ごめん、千由里」
「――そんなに……、秋兄さんが大事……っ?」
千由里は衣服の前をぎゅっと掴んで、震えながら吐き捨てた。おれは強張った顔を無表情で隠し、また嘘をついた。
「幼馴染を大切に思うのは、当たり前だろ」
「嘘つき!」
千由里は叫ぶと、踵を返し、坂を下って駆け抜けていった。あとには、千由里に預けてやるはずの重箱が残った。
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