戦場

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戦場

 きっと死が、近いのだ。  肺の中が熱い。沸騰しそうだ。  先ほど食らった砲弾の破片が、運悪くおれを抉ったせいだ。壕の中は闇で、汚泥と汚水と血で酷い臭いがし、慣れて訪れるはずの五感の麻痺を凌駕していた。 「山科、山科哲朗! しっかりしろ!」  小隊規模で穴蔵に引っ込んで、もう何日になるだろうか。衛生兵はとっくに戦死し、隊長が時々、声をかけてくれる以外は、誰も他者を気遣う者はいない。おれとてそうだ。己の痛みに支配され、ごぽりと血を吐く。 「隊っ……長、死、に……っ」  臓腑に手を突っ込まれ、かき回されるような痛みが、もうずっと続いている。我慢の限界だった。 「死な、せて、く、ださ……っ」  喋るたびに血が喉の奥で音を立てた。懇願する声に重なるように、か細く花火が上がるような音とともに、驟雨のような爆雷が再開する。地鳴りがし、叩きつけられた砲弾の爆音とともに、石混じりの砂利が壕の奥まで飛んでくる。ひとしきり身を縮め、攻撃が止むのを待ち、反撃を試みる間も無く、次いで、機関銃の斉射がはじまる。嵐をやり過ごそうと皆が石のように身体を丸める。 「隊、長……っ、願……っ、死、なせ……っくださ、い……っ」  もう限界である旨を何度も訴えると、普段、鬼瓦のような顔をした上長は、忸怩たる表情を滲ませ「わかった!」と言い、持っていた手榴弾をひとつ、おれの手に握らせた。 「先に逝け! 俺たちも、すぐにゆく!」 「あり……ざ、ま……」  途端に潮が引くように、誰もがおれから身を隠した。おれは、これで楽になれる――そう考え、手榴弾のピンを抜くと、秋兄の髪のお守りがある左胸に抱えた。
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