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なので職場でも『葛城穂乃香』ではなく、社長である奏の妻であり第二秘書の『竹野内穂乃香』として認識されている。
とはいえ、まだ覚悟もなく奏への想いを打ち明けていないので、実際には〝離婚前提の契約婚〟であって本物の夫婦ではない。
なので当初の予定では、社長である奏の立場を考慮し、旧姓を名乗るつもりでいた。
お試し期間が開始された三ヶ月前から、既に奏の恋人として認識されてはいるが、あくまでも穂乃香は奏をサポートする立場にすぎない。
会社のトップである奏の仕事の妨げになるなどもってのほかだ。
そのはずが、いつもの如く察しの良すぎる柳本により、冷ややかに放たれた含みを持たせた言葉で、穂乃香の意見は一蹴されてしまったのである。
「穂乃香さんには、一日でも早く奏様の妻としての自覚を持ってもらわないといけませんし。もう既に本物の夫婦同然なのですから、問題ありませんよね」
――部屋に盗聴器でも仕掛けて、奏が過労で倒れた、あの夜のアレコレを聞かれていたのでは……。
一瞬、そんな疑念が脳裏を掠めたが、あれ以来奏を妙に意識してしまっている自覚もあるので、すぐに打ち消した。
当然、いつものように奏も穂乃香に加勢してくれた。
「俺は穂乃香の気持ちを尊重したい。それに呼び方なんてどちらでも構わないだろ」
けれど柳本は、あからさまに落胆するようにして肩を落とした。そうして。
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