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「ありがと、俊兄。行ってくるね」  俊司の運転する車の助手席から元気に降りた咲は、俊司に手を振ってから、そのまま校舎へと駆けていった。俊司は毎朝咲を高校まで送っていた。表向きは大学に行くついでだから、というものだが、本音を言えば登校途中に何かあっては心配だし、男として魅力ある姿をしているので悪い女に食われてしまうかもしれない……そんなことを色々考えると、俊司が送るというのが一番安心だったからだ。  俊司が開けた助手席の窓から、小さくなっていく咲の背中を見送っていると、はよーっす、という緩い挨拶が聞こえ、それから俊司の視界を遮る様に人影が現れる。 「おはようございます、だろ。宮崎(みやざき)」  咲と同じ制服を着た青年は、咲の同級生だ。咲を毎日送っていて顔見知りになり、最近では学校での咲の様子を聞くようになった。外見は制服の着方も緩いし、髪も金に近い茶に染めたりしているが、話してみると意外に常識があって、それでいて他人はどうでもいいみたいな考え方がさっぱりしていて、俊司は気に入っている。そんな宮崎が心から面倒そうな顔をして口を開いた。 「ブラコン兄貴に道徳語られてもな」 「可愛い弟を全力で守ってるだけだ」  その言葉に宮崎は呆れたように息を吐いた。確かに世間一般から見て、自分の行動は異常かもしれない。けれど、今口にした言葉に偽りはない。ただ、ずっといたらいいなと思っていた弟を守りたいと思った結果、こうなっているだけなのだ。 「浜元って可愛いってタイプかなあ……まあ、キレイな顔はしてるけど」 「宮崎、お前まさか咲のこと……」 「んなわけあるかよ! ったく、兄弟揃っておれを疑いやがって……」 「え?」  宮崎が不機嫌な顔でぶつぶつと言っていたがよく聞こえなくて聞き返す。けれど宮崎は、なんでもない、と口を開いた。 「ま、こんな兄貴でも、あいつにとって自慢の兄らしいけどな」  宮崎の言葉に俊司は過剰に反応する。じっと宮崎の目を見ると、その顔が呆れたようにまた歪んだ。 「昨日、クラスのやつに聞かれて、そう答えてたよ」  あんた目立ち過ぎるんだよ毎朝、と宮崎に言われ、俊司は周りを見やった。確かに高校生たちが遠慮がちにこちらに視線を送ってから校舎へと向かっている。 「……やはり車は目立つか」 「じゃなくて。俊司さん、鏡見てる? 自分で少しは『俺イケメン!』とか思ったりしない?」 「……いや、特には」  背は高い方だと思っているし、お陰様で太ったこともない。ただ顔に関しては見慣れすぎてて自分ではなんとも言いがたいものだ。 「俊司さんは、世間でいうところのイケメンなわけ。優しそうな目とか、高い鼻とか、モデルみたいに長い手足とか……とにかくそんなの持ってる人間は異常に目立つんだよ、わかる?」 「うん、まあ……宮崎の言うことを仮に肯定すれば、俺は確かに目立つ存在だな」 「仮にじゃなくて現実。それに、あんまり目立つと浜元の機嫌も悪くなるから早く大学行った方がいいよ」  宮崎がそういう言葉に重なり、校舎から予鈴が響いた。それを聞いた宮崎が、じゃあな、と校舎に向かって走っていく。  俊司はそれを見送りながら、宮崎の言葉をもう一度頭に浮かべた。自分があまり目立つと咲の機嫌が悪くなると言っていた。咲はいつも明るく振舞ってはいるけれど自分がここまで来るのは本当は迷惑と思っているのかもしれない。小さなワガママは言えても、自分が傷つきそうなことは言えないなんてこともあるだろう。今の俊司にとって、咲に嫌われることは何よりも怖い。  俊司はため息混じりに窓を閉めると、ゆっくりとその場を離れた。
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