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(さき)、起きろよ。遅刻するぞ」  開けたカーテンをまとめながら浜元(はまもと)俊司(しゅんじ)が言うと、ベッドでは低く唸りながら義弟の咲が身じろぐ。俊司はそんな咲に近づき、もう一度朝を告げた。咲がぼんやりと目を覚ます。 「……俊司、おはよ」 「俊兄、だろ。ほら、起きろ」 「ヤダ。せっかく焼肉食べ放題の夢見てたのに」  咲が再び夢の中に戻ろうとするので、俊司は仕方なく布団を剥がした。乱れたパジャマの裾から締まった腰が見える。俊司はまた腹出して寝たな、と思いながら咲の腕を引き上げた。まだ目は閉じたままの咲がようやく起き上がる。 「早く支度して。今日は咲の好きなホットサンドにしたから」 「チーズとベーコン入ってる?」  目を擦りながら咲が聞く。俊司はそんな咲のパジャマを脱がしながら頷いた。 「入ってるし、トマトは入れてない」  だから早く着替えて、と制服のシャツを着せる。十六歳の細い肢体を見て俊司は、最近食生活大丈夫かな、なんてことを考えながらシャツのボタンを閉めた。  というのも、今この家には愛する弟と自分、二人しか住んでいないのだ。  父の海外赴任が決まって、夫婦揃って旅立ったのは先月のことだ。俊司は大学二年、咲は高校に入学したばかりだったため、兄弟二人は日本に残る選択をした。三年前に父親の再婚で出来た弟を任せられた身としては、生活全てに気を配り、健やかに過ごして欲しいと思っているのだ。 「俊兄、オレ顔洗ってくるから紅茶いれてよ。シナモン入ったミルクティー」  いつの間にか制服に着替えていた咲が俊司に言い、部屋を出て行く。それに返事をしてから俊司はベッドに散乱したままのパジャマを手に取った。  甘えてくれるのは嬉しい。けれど咲は兄として甘えてくれているのか、便利な同居人として接しているのか、それとも別の感情があるのかはわからなくて俊司はため息をついた。咲とは仲のいい兄弟になりたい。  俊司がきれいに畳んだパジャマを直したベッドに置くと同時に、下から咲の声が飛んだ。どうやら既に身支度が整ったようで、ミルクティーの催促をしている。とはいえ生活能力の低い咲のことだ、また柔らかな茶色の髪は、後ろが跳ねたままになっているに違いない。それを直してやって、ミルクティーをいれて、と仕事はたくさん待っている。俊司は大きく呼吸をひとつしてから咲の部屋を後にした。
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