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「行っちゃったね」
涼くんと二人の空間が気まずくて、意味のない呟きを漏らした。
「そうだね」
涼くんが相槌を打つ。
立ち上がる気配がない。私が帰るきっかけを作るべきなんだろうか。
「高校はどう?今は中間テストの時期?」
私の迷いをよそに、涼くんがのんびりと訊いてくる。
「あ、先週終わって」
答えながら、付き合っていたのに望花とそういう話をしていなかったのだろうかと不思議に思った。
「それはお疲れさま。そっか、里奈ちゃん昨日冬服だったもんね」
涼くんが納得したように言う。
うちの高校は、二学期の中間テストが終わると冬服に変わるのだ。
「そう。それなのに望花ったらいつまでも夏服で。セーターも着ないで」
「それで風邪引いちゃったのかな。急に寒くなってきたし。じゃあ、これから文化祭の準備で忙しくなるね。里奈ちゃんは何やるの?」
話を続けようとしてくれてるのは、涼くんの優しさだろうか。申し訳ない。
「私のクラスはカフェをやるんだ。ホットケーキとか、サンドイッチとかを出す予定で」
「カフェか。里奈ちゃんは、出す側?作る側?」
「一応、出す側なんだけど、エプロンがちょっと、恥ずかしくて……」
「エプロン?」
「何か、メイドさんっぽいやつで」
ウエストを絞った白いエプロンで統一することになってしまったのだ。望花みたいにスタイルが良い子はいいけど。
「行こうかな」
「へ?」
「いや、OBとして、文化祭に行こうかなって」
「え、や、りょ、涼くんが来たら、大騒ぎになりそう」
エプロン姿を見られたくなくて、来なくていいと言いかけた。自意識過剰も甚だしい。涼くんは別に、私を見にくると言っているわけじゃないのに。
「その時は匿ってよ」
「無理だよ、涼くんオーラすごいし」
「オーラ?」
笑われた。自覚ないのか。
「望花がね、今年もミスコン断ったらしいの。美人なんだから出たらいいのに」
オーラで思い出して呟いた。
望花は自分の美貌に無頓着だ。
「ミスコンか。あれって、どういう基準で声かけてるんだろうね」
「え、そりゃ、綺麗だったり可愛かったりじゃないの?」
「誰が決めてるのかなって。里奈ちゃんだって可愛いよ」
涼くんに思いがけないことを言われて固まった。
違う。真に受けるな、自分。
「お、お世辞言ったって何も出ないよ」
「あはは」
それ以上は言ってこなかった。
やっぱりお世辞か。びっくりした。
「涼くんくんの大学の文化祭は11月の初めだよね」
涼くんの通う香名大の文化祭のポスターが、街中の至る所に貼ってある。
「うん。来る?」
「どうかな。私が狙える大学じゃないし」
「そう?志望校は決まってるの?」
訊かれて、お兄ちゃんが通っている大学の名前を口にした。
「そうだ」
隣で涼くんが立ち上がりそうな雰囲気を出した。
良かった、涼くんが解散の流れを作ってくれるんだ。そう思ったのに。
「良かったら、香名大のキャンパス、今から行ってみない?興味出てくるかもよ」
涼くんがそんな提案をしてきて、つい頷いていた。
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