違うの、きっと私が悪いの

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違うの、きっと私が悪いの

〈里奈’s vision〉 「里奈ちゃん」  望花の家を逃げ出して、早足で歩いていた私は、後ろから呼び止められた。 「待って、里奈ちゃん」  振り向くと、涼くんがこちらに走ってくるところだった。 「あ、あのさ、途中まで一緒に帰らない?」  肩で息をしている。  私が頷くと、涼くんは柔らかそうなクリクリの髪をせわしなく撫でつけて、じゃあ行こうかと言った。  勘違いするな。  そう心の中で自分に言い聞かせる。  涼くんが追いかけてきてくれたのは、何も特別なことではない。昔からの知り合いに一緒に帰ろうと声をかけるのは、いたって普通のことだ。 「広志は元気?」  ゆっくりと歩き出して、涼くんは私のお兄ちゃんについて尋ねてきた。  そう。涼くんにとって私は、友達の妹に過ぎない。 「元気だよ。大学が遠すぎるって文句ばっかり言ってるけど」  案外普通の声が出せた。 「ああ、今までずっと徒歩圏内の学校だったからね」  涼くんがそう相槌を打つ。 「涼くんは大学も歩いて行けていいね」  私の言葉に、涼くんは照れたように頭を掻いた。 「ここから出たことないの、ちょっと恥ずかしいんだけどね」  何を恥ずかしがることがあるのだろう、と思った。  涼くんの大学は、偏差値が高くて、サッカーが強いことでも有名だ。 「相変わらずサッカーやってるんだってね」  新聞の地域面に涼くんの写真が載っていた。  1年生なのに、早速活躍しているみたいだ。 「サッカーしかできないからさ、俺」 「そんなことないでしょ。涼くんは勉強もできるし。うちのお兄ちゃんなんか、サッカーもやめちゃって、何にもできない人になってるよ」  涼くんは小さく笑い声をあげた。 「ありがとう。優しいね、里奈ちゃんは」  だから、そうやって甘い声を出さないでほしい。ますます好きになってしまうから。 「健人は、もうサッカーやってないの?」  少し声のトーンを下げて涼くんが訊いてくる。  一瞬、何で私に健人のことを訊くのだろうと思いかけて、付き合ってることになってるんだったと思い出した。 「健人、サッカーやってたんだ。知らなかった」 「中学の時はサッカー部だったよ。結構上手かったんだけど、3年生の時に怪我しちゃったらしいんだよね」 「へえ。そうだったんだ」  思えば、私は健人の趣味を何も知らない。付き合っているふりをするんだったら、そのくらい聞いておくべきだったかもしれない。 「何か、悩んでることでもあるの?」 「え?」  涼くんに唐突にそう訊かれて面食らった。 「あ、いや、さっき、健人に相談に乗ってもらったとか言ってたから……」 「ああ」  納得した。  優しいのは涼くんの方だ。友達の妹というだけで、こんな私のことを気にかけてくれる。 「大したことじゃないよ」 「そっか。ごめん、踏みこんだこと訊いちゃって」  涼くんはあっさりと引き下がった。  もっと踏みこんでほしい。私を見てほしい。そう思ってしまう自分がいる。 「望花がね、最近そっけなくて……」  口に出してから、涼くんのカノジョを悪く言うようなことをしてしまったことに気づいた。 「あ、違う、ごめん、何でもない」  慌てて撤回する。 「望花ちゃんが?」  涼くんは、望花のことも『ちゃん』付けなんだな。  そんなことを、いちいち考えてしまう。 「違うの、きっと私が悪いの。望花は、私といてもつまんないんだと思う……」  弱音を吐いたみたいになってしまった。  反応がなくて、面倒くさいと思われたんじゃないかと落ちこんでいく。この期に及んで、私はまだ涼くんに良く思われようとしている。
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