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「そんなの、とっくに返してもらってるよ。涼くんが新聞とかに載るたびに、お母さんすっごく嬉しそうだもん」
里奈が真剣な表情で反論してくる。
胸の中を罪悪感が広がっていく。こっちは口実に使っただけだ。
「それじゃあ俺の気が済まなーー」
「涼?」
声をかけられた。広志だった。
「久しぶりじゃん。何か用?あ、晩飯食ってく?」
言いながら俺の肩をバシバシ叩いてくる。相変わらず良い奴だ。
「里奈ちゃんに数学を教えようかって話をしてて」
「いーじゃん。涼に教えてもらえるなんて贅沢だな、お前」
「そんな簡単に頼んでいい話じゃないでしょ」
里奈がムッとした顔で言う。その顔も可愛い。
「あー、金出した方がいいって話か。母ちゃん通したらいいじゃん。呼んでくるわ。つーか、上がってけよ」
「いや……」
そんなつもりじゃないのだけど。
広志は止める間もなく家の中に入って行ってしまった。
「私はオイじゃないわよ」
奥の方で怒る声がした後、
「うそ、涼くんが来てるの?早く言いなさいよ。ちょ、出てくるから、これ炒めといて。その前に手洗いなさい。焦げそうになったら火弱めてよ。それ焦げたら夕飯なくなるからね」
と、慌ただしく里奈のお母さんが指示を出すのが聞こえてきた。
おばちゃんは相変わらずだ。横で里奈が恥ずかしそうにしている。
やがて、玄関におばちゃんが現れた。
「涼くん!久しぶりじゃないの。やだ、ますますかっこよくなっちゃって、おばちゃんドキドキしちゃう。あら、里奈も一緒だったの?上がってもらえばいいじゃない。もう、広志も里奈も気が利かないんだから。ごめんねぇ」
棚からスリッパを取り出して俺の前に置いてくれた。
「ご無沙汰してます。夕飯時にすみません、すぐ帰るんで、ここで」
「そうなの?食べていったらいいじゃない。お父さんの分なんて何とでもなるんだから」
旦那さんに対する扱いがひどいのも相変わらずだ。
「いえ、母が食事用意してくれてるんで」
「あら、お母さん元気になった?良かったわねぇ。それじゃあ無理に食べさせたら悪いわね。おばちゃんに何か用事?」
やっと水を向けてくれた。
「や、あのう、おばちゃんに相談することでもないんですけど、里奈ちゃんに数学を教えようかって話してて」
「まあ。そりゃあ、涼くんに教えてやってもらえたら大助かりよ。でもこの子ったら聞いた?中間テストの点数、54点だったのよ。54点よ?こんなレベル低い子、わざわざ涼くんに教えてもらうのも申し訳ないわよ」
言わないでよ、と里奈が怒っている。
「それともバイトとしてってこと?もちろんうちはいいわよ。こういう時の相場ってどのくらいなのかしら。待って、調べるから」
言いながら里奈のお母さんがポケットからスマホを取り出す。
「あ、そんなつもりじゃないです。その、俺、時間あるんで。おばちゃんにもお世話になったし、俺が役に立てるんだったらって」
里奈に対して使ったのと同じ口実を口にした。
「そんなこといいのに。涼くんがこうして顔見せてくれただけでおばちゃん十分よ。でも、そこまで言ってくれるんだったら、そうねぇ、お金のやり取りが発生しちゃうとかえってプレッシャーになるかしら。本当にいいの?」
お母さん、と里奈が首を横に振る。
遠慮しているのか、本当に嫌なのか。
「迷惑かな」
里奈に問いかけると、まさか、と里奈のお母さんが返してきた。
「54点よ。もう塾に行かせないとダメかしらって思ってたのよ」
「何回も言わないでよ」
里奈は俺をチラッと見て俯いた。耳まで赤くなっている。
「め、迷惑なわけない。涼くんが大変じゃないんだったら、えと、よろしくお願いします」
俺に向かってペコリと頭を下げて、里奈は逃げるように家の中に入っていってしまった。
「里奈ったら、恥ずかしがっちゃって。無理もないわね、こんなカッコいい男の子に教えてもらえるなんて、おばちゃんでもドキドキしちゃうわ。じゃあ、顔見せてくれてありがとうね。お母さん待ってるだろうから、早く帰ってあげなさい」
里奈のお母さんに言われて、簡単な別れの言葉を告げて、お暇をした。
里奈が、俺にドキドキする?
ありえない。ドキドキしているのは俺の方だ。
里奈の可愛さを思い返して、俺は夜道で叫び出しそうになった。
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