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目障りなんだよ
〈健人’s vision〉
寝汗をかいていた。
それだけじゃなく、股間も気持ち悪くて、オレは目を閉じたまま「最悪」と呟いた。
風邪を引くと、必ず悪夢にうなされる。今回のも例に漏れず悪夢だった。
そう、悪夢だ。熱がなかなか下がらなくて、まだらに眠りながら、オレは繰り返し同じ夢を見た。
メキャッと膝の骨が砕ける音。
あの男の見開いた目。笑みを浮かべた口。耐えがたい痛みに、吹き出す冷や汗。
今回の大会は諦めなさい。そう冷徹に告げた医者。数ヶ月安静にしていたらまた走れるから、と簡単に言った。
お前は大事な時にヘマをするんだな。親父は、興味をなくした顔で俺のことを見下ろした。
サッカーできないんだったら勉強してもっと上の高校を狙いなさい。ババアはそう言って、退院したオレを大量の参考書で出迎えた。
参考書を破り捨てたオレは、激怒したババアに家を追い出されて、痛む足を引きずって学校に向かう。
教室の戸は開いていた。
陽だまりの中で、少女がサラサラとペンを走らせている。夢の中では、その少女の顔が、まつ毛の一本一本に至るまではっきりと見える。
ふと手を止めて、少女はペンを唇に押し当てる。ペンを押し返す赤い唇の弾力。ほんの刹那目を閉じた少女は、不意にオレに気づいた。
すると、彼女は何かとても良いものを見つけたように目を輝かせて、ほのかな甘い匂いとともにオレのもとに駆け寄ってきた。
オレの手を取る柔らかな手。近くの椅子に座らされたオレは、彼女から口づけを受ける。
オレからは、彼女に触れることができない。抱き寄せようとしても、手は空をかいて、彼女が触れてくる部分だけが熱い。
夢の中で、オレはいつのまにか裸になっている。彼女の唇は、ゆっくりと下に降りていく。オレの首筋、オレの鎖骨、オレの胸、オレのみぞおち、オレのへそ、そして。オレのものをねぶっていく。彼女ーー望花に上目遣いで見られながら、オレは情けなく、果てる。
望花は立ち上がって、オレを冷たい目で見下ろす。
『こんなことで、勘違いしないで』
望花にとってあのキスは、何も特別なことではなかったのだろう。
あの日はたまたまオレだっただけで、他の日には他の男にああやってキスをしていたのかもしれない。
オレにとっては特別でも、彼女にとってはありふれた日常の一部で、だからオレにキスしたことを覚えていないのだ。
少し考えれば分かることなのに、オレはその事実から目を逸らし続けてきた。
サッカーができなくなったことでポッカリと空いた心の穴を、望花が塞いだからだ。オレは、望花に夢中になることで、膝の痛みを、心の痛みを、忘れたのだ。
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