目障りなんだよ

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「あら、今日は行くの」  洗面所で下着を洗っていると、直人を車で駅まで送ってきたらしいババアが、オレの制服姿を見て興味なさそうに言った。 「それにしちゃのんびりしてるわね。いつもはとっくに出てる時間じゃない」  ババアは知らないのだ。オレがいつも始業時刻の30分以上前に教室に着いていることを。 「ほっとけよ」  興味ないくせに中途半端に口を出されるのが一番イラつく。 「はいはい」  それ以上は何も言わず、洗面所の横を通り過ぎた。オレが何を洗ってるのかなど、どうでもいいようだ。こういう時、注目されていないのは楽だ。  教室に着いたのは、始業時間ギリギリだった。  斜め前の席の望花が、わざわざ振り向いてオレの方を見てくる。今お前の顔見たら精神的にも身体的にもヤバいんだって。  1時間目の国語の授業。いつもだったら寝ている時間だけど、一向に睡魔が訪れない。十分寝たからだ。望花を意識しまくってのことでは断じてない。  あんな奴、もうどうでもいい。気持ちがすっかり冷めた。結局、あいつは誰でもいいのだ。涼さんと付き合ってるくせに、オレにキスしやがって。しかも、事故でもなさそうだった。ちゃんと俺を認識していた。  何だよ、ごめんって。自分は慣れてるけど、オレは慣れてないだろってか。慣れてねーよ。二回目だよ、馬鹿。何なんだ。さっさとオレから出ていけよ。 『こんなことで、勘違いしないで』  これはあいつが言ったわけじゃない。オレが、夢の中であいつに言わせた。でも、そうだろ。オレが勘違いしてただけで、お前はオレのこと、何とも思ってないんだろ。  悪かったな、しつこく絡んで。調子乗ってベタベタ触って。もう近づかねーからさ。お前にもらった風邪と一緒に、忘れてやるからさ。  だから、勘弁してくれ。足組み替えたりすんな。よそ見したりしねーで、いつもみたいに小説でも書いて、別の世界に行けよ。髪を耳にかけたりすんな。何だよ、その色っぽい咳払い。勃っちゃうだろ……。  その日最後の授業が終わる頃には、心身ともにクタクタだった。  授業が終わる度に望花がこっちを振り向くから、教室から逃げ出して、別のクラスの知り合いのところとか、男子トイレとか、屋上に続く階段とかで休憩時間を過ごした。 「ねえ、待って」  帰るために足早に廊下を歩いていると、望花の声がした。オレを呼んでいるわけではないだろう。 「健人ってば」  名前を呼ばれた。いや、違うケントだ。よくある名前だし。 「待ってよ」  ブレザーの裾を掴まれた。グッと抵抗がかかる。女の力だ。振り払えば逃げ切れるけど。 「何で無視するの?」  振り向いたオレを、望花が恨めしそうに見ていた。今日はちゃんと冬服着てるんだな。今頃、そう思った。 「何だよ。急いでんだけど」  嘘をついた。 「じゃあ、そこまで一緒に行こ」 「ついてくんな」  思わず声を荒げてしまった。  望花がオレのブレザーから手を離す。 「何でそんな機嫌悪いの?おとといのお礼が言いたかっただけなのに」  廊下でふざけていた男にぶつかられて、望花がオレの方に倒れこんできた。ふわりと甘い匂いがする。  彼女の肩を掴んで、目一杯引き離した。 「いい加減にしてくれ。目障りなんだよ」  望花の目が見開かれて、瞳孔までよく見える。  綺麗で、手に入れたくて、めちゃくちゃに壊したい。 「誰でもいいんだろ、お前。このビッチが」  ひどい言葉を投げつけた。  その毒は自分の喉をも侵して、身体中に回りきる前に、オレは彼女の前から逃げ出した。
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