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ごめん、好きじゃない
〈里奈’s vision〉
「え?」
私は耳を疑った。
「悪い」
健人は壁に背中を付けて、ポケットに手を入れて、気まずそうに俯いた。
今、この人は、私のことを好きじゃないと言った。告白してきた昨日の今日で。
「え、どういうこと?」
不思議と怒りは湧かなかった。
ただ、訳が知りたかった。
望花に付き合い始めました宣言をした後、1時間目の授業までまだ時間があったから、二人になれる場所を探して、高校の屋上に続く階段まで来たのだった。
「里奈も別に、オレのこと好きじゃないだろ?」
ドアの上の小窓から風が吹きこんで、健人の髪をなびかせた。さらさらと音が聞こえてくるような、まっすぐで爽やかな黒髪だ。
「ズルいよ、そんな言い方。ちゃんと説明して。私の何が悪かったの?」
里奈が悪いとかじゃないよ、と健人は呟いた。
「オレ、最初から里奈のこと好きになってない」
昨日、健人は私を体育館の裏に呼び出した。
ベタもベタだ。靴箱に手紙が入っていたのだ。告白の言葉もベタだった。
『前から気になってたんだ。オレと付き合ってくれない?』
出向いた私にそう言った。
人生で初めての告白に舞い上がっていたけど、今思えば確かに、軽すぎていたような気もする。
「え、じゃあ、何で付き合おうなんて言ったの?待って、そしたら望花に訂正しないと。ダブルデートは中止って」
「ズルいのは、お互い様だろ」
教室に戻ろうとした私を、健人が引き留めた。
「里奈は涼さんのことが好きなんだよな」
その言葉に心臓が跳ねた。
「別に、好きじゃーー」
「そういうのいい。バレバレだから」
私の否定をばっさり切り捨てて、健人は続けた。
「それなのにオレからの告白にオーケーしたのは、カレシ作って望花を見返したかったからか?もしオレが本気だったらどうするつもりだったんだよ」
どうして私が責められなきゃいけないのだろう。
仕掛けてきたのはそっちのくせに。
「それに、ダブルデートは里奈にもメリットあると思うけど?」
健人は、壁から背中を離して私に向き合った。
「オレの目的は、望花と涼さんを別れさせることだから」
その瞳は、私を見ていない。
そうか、と思った。こんなことも気づかないくらい、私は浮かれていたのだ。
さっきのやり取りを見ても明らかだったではないか。健人はずっと、望花にばかりちょっかいをかけていたではないか。
健人は、望花のことが好きなのだ。
「何でそんな回りくどいことするの?」
望花に好きだと言えばいいだけなのに、私のことを巻きこんで。
「回りくどいかどうかは置いといて」
健人はそれをはぐらかした。
「どう?オレと付き合ってるふりすんのは、里奈にとっても悪い話じゃないだろ?」
意地悪そうに微笑んでいる。
「嫌だ。そんな騙して別れさせるようなことするの」
望花がかわいそうだ。望花は涼くんのことが好きなのだから。
「へえ?好きな男取られたのに、優しいな、里奈は」
「別に。望花は、私が涼くんのこと好きだなんて知らないし。私なんかよりよっぽどお似合いだし……」
望花は何でも持っている。
可愛いし、スタイルいいし、頭もいいし、多才だ。
涼くんの周りの女の子だって、望花が相手なら納得するだろう。
「望花が里奈の気持ちに気付いてないとでも思ってんの?オレにもバレバレなのに?」
健人は嫌なことを言った。
涼くんに対する恋心を、望花に直接打ち明けたことはない。
でも、確かに中学生の頃は、望花にしょっちゅうからかわれたものだった。涼くんのことが好きなんでしょ、と、そう言って。必死に否定する度に、ますますドツボにハマった。
「そうだとしても、望花も涼くんのことを好きになっちゃったんだから、しょうがないよ」
言ってて自分で泣きそうになった。
「本当に好きなのかな?」
健人はそんな問いを発した。
意味が分からなくて顔を上げると、にっこりと笑いかけてきた。
「それを確かめるには、ダブルデートが最適だと思わないか?」
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