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里奈、カレシできたって
〈涼’s vision〉
「え?」
俺は耳を疑った。
「里奈ちゃんが、健人と?」
健人は、中学の時のサッカー部の後輩だ。
といっても2学年離れているから、部活での絡みはあまりなかったけど、あいつには里奈のことで少し恨みがある。
「そう。意外?」
望花が俺の膝の上で楽しそうに尋ねてくる。
俺はたった今、望花の家のリビングのソファーで、里奈と健人が付き合い始めたことを聞かされたのだ。
「意外っていうか、あんまり想像が付かなくて」
「だよね。健人にからかわれてるのかな、里奈」
「からかーー」
最後まで言えなかったのは、望花が唇を塞いだからだ。
喋ってる途中だったから、容易に舌が侵入してくる。どこで覚えたのか、ぬるぬると俺の舌に絡みついて、とても高校生のキスとは思えない。
「望花ちゃん」
彼女の肩を掴んで引き剥がした。そのキスは禁止だと言ったはずだ。
彼女の舌が、艶かしく赤い唇を舐める。ゆるくウェーブした栗色の髪をかき上げて、彼女は妖艶に微笑んだ。
「涼は真面目だね」
気が済んだのか、それ以上は求めてこず、俺の膝から降りた。
「ね、里奈に電話してみよっか」
試すような目で、スマホを手に尋ねてくる。
何と答えるのが正解か分からなくて、俺は生唾を飲みこんだ。
里奈の声が聞きたい。でも、俺は今、望花と付き合っているのだ。
数秒見つめ合った後、ふふ、と望花は笑った。
「電話してほしいんでしょ?素直に言ったらいいのに」
「いや、俺は……」
否定しようとした俺に、
「心配だよね。里奈のこと、妹みたいに思ってるもんね」
と、望花は良い口実をくれた。
「そ、そうなんだよ。広志と家族ぐるみの仲だからさ、広志の妹の里奈ちゃんのこと、本当の妹みたいに可愛くて、心配なんだ。その、別に、幸せなら良いんだけど」
強がった。
でも、仕方ない。俺には里奈を幸せにしてやれない。だからせめて、里奈が大事にされていることを願う。
「ふふ、分かった。里奈に電話して、本気で付き合ってるのか聞いてみるよ。スピーカーにするけど、涼は絶対喋んないでね。ほら、広志くん経由で親の耳に入ったらとか警戒するかもしれないでしょ」
なるほど、それは確かにそうだ。
「分かった」
了承すると、望花は俺の膝の上に座って、スマホを耳に当てた。
俺にべったりともたれかかってくるから、里奈に息遣いが聞かれてしまいそうな気がして、うまく呼吸ができなくなった。
『もしもし、望花?』
数コール後に、里奈の声が聞こえた。
それだけのことで、俺は身悶えしそうになる。
「やっぱ気になってさ。本気で健人と付き合ってんの?」
望花は前置きもなくいきなり本題に入った。
『それでわざわざ電話してきたの?』
里奈の声は心なしか固いようだった。
「だって、急だったし、合わない気がするし。里奈が健人にからかわれてるんじゃないかって、心配で」
直球で望花はそう言ってのけた。
俺の手を取って、自分の胸の膨らみに押し当ててくる。
『私が健人と付き合っちゃいけない?』
望花の胸から手をどけようと攻防を繰り広げていると、里奈の苛立ったような声が聞こえてきた。
「いけなくはないけど、里奈も別に、健人みたいなのタイプじゃないでしょ?」
俺に手を掴まれた状態で、望花が里奈に問いかける。
よく話に集中できるなと感心する。
『決めつけないでよ』
里奈が怒った声で言い返した。
『私、健人のことちゃんと好きだし。健人も私のこと大事にしてくれるし。だから、変な心配しないで』
俺の手から力が抜けたのだろう。
望花が振り向いて、俺の耳に息を吹きかけた。
「ひぅっ」
突然のことに、変な声が出た。
『え、待って。誰かいるの?』
里奈に気づかれてしまった。
「あー、涼がいるけど気にしないで。そっか。そんなに好きなら止めないよ。急に電話してごめん。ダブルデートしようね。じゃあまた明日」
望花はあっさりと俺の存在をバラして、あとは流れるように話を終わらせて、一方的に電話を切った。
「バレちゃったね」
俺の膝にこちら向きに座り直して、望花が悪びれずに言った。
「妹みたいに可愛いと思ってる子に情けない声聞かれちゃって、涼、かわいそう」
俺の頬に触れて、望花はキスをしてきた。
「ホント、かわいそうだね、涼」
何度もキスを落としてくる。
俺のシャツの下に手を入れてこようとするのを阻止した。
かわいそうなのは、望花の方だ。
この子は孤独なのだ。いつ来ても誰もいない家。空っぽの冷蔵庫。飾り気のないリビング。止まっている時計。
望花は、俺が里奈に未練を抱いているのに気づいていて、不安なのだろう。また独りぼっちになるのではないかと。
「望花ちゃん、俺はどこにも行かないよ」
彼女の身体を抱きしめた。
「だから、頼むからもうちょっと高校生らしくしてくれよ」
望花の身体が小刻みに震えている。
泣いているのかと思って頭を撫でていると、忍び笑いが聞こえてきた。
「な、何がおかしいの?」
「知らないの?」
首筋を舐められて、慌てて引き剥がす。
「高校生でも、セックスくらいするよ」
俺の顔を見て、彼女はとても満足そうに笑った。
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