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あれは中3の時だった。
ババアを怒らせて早朝に家を追い出されたオレは、登校するには早すぎる時間だったけど、他に行くところもなくて学校に向かった。
教室では、望花がただ一人、机に向かってサラサラとペンを走らせていた。
窓から差しこむ日差しに包まれた彼女は、幻想的なほど美しくて、オレはしばらく教室の入り口で見惚れていた。
望花は、何かを考えこむように、ペンを唇に当てて空を見上げた。
そして、オレに気づいた。
すると、何かとても良いものを見つけたような顔をして、オレの方に走り寄ってきた。
そばの椅子にオレを座らせて、望花はオレにいきなりキスをした。
納得いかないように何度か角度を変えて、ピッタリと唇が重なる角度を見つけると、満足したように自分の席に駆け戻っていった。
オレは、次に教室に入ってきた奴に、何でそこに座ってるんだと言われるまで、立ち上がることもできずに放心していた。
それからというもの、オレは望花のことをよく観察するようになった。
彼女は授業中いつもノートの上でペンを走らせていて、小説を書いているようだった。一人でいる時はずっと小説の世界に入りこんでいるようで、心ここにあらずな感じで危なっかしかった。
オレにキスをしたことなど、すっかり忘れているようだった。
絶対に仕返ししてやる。望花の心を手に入れて、オレのことしか見えなくしてやる。
そう心に決めて早2年。
高2で同じクラスになってからは、割とうまくいってたと思う。望花はオレに、人間らしい反応を返すようになった。
後もう少しで手に入る。
そう思っていた矢先に、涼さんにいともあっさり取られた。
オレがヒヨってなかなか行動を起こさなかったから取られたのだと言われればそれまでだ。だけど、涼さんと付き合い始めても、望花は何も変わらなかった。現実とうつつの狭間を歩いて、オレが話しかけると現実の世界に帰ってきた。
だからオレは、望花をどうしても諦められなかった。
オレはひたすら考えた。望花が涼さんと付き合っている目的を。涼さんを好きじゃない根拠を。
望花は里奈のことが嫌いだ。それで、里奈の想い人である涼さんを奪った。
望花は小説を書いている。涼さんは好青年で、小説のモデルとして申し分ない。
望花は孤独だ。寂しさを埋める誰かを求めているーー。
そして思った。
オレがいくら考えたところで、答えは出ない。
望花が涼さんと一緒にいるところに乗りこんでいって、突き止めるしかない。
そのためには、ダブルデートが手っ取り早い。
その協力者として適任なのは、里奈しか考えられなかった。
里奈に告白モドキをしたのは、形式上だけのつもりだった。断られてからが本題のつもりだった。
まさか、オーケーされるとは思わなかった。
まあでも、里奈の立場になって考えると、その心情は分からなくもない。
里奈はヤケになっているのだ。
彼氏を作って望花を見返したかったというよりは、オレと付き合うことで涼さんを忘れようとしたのだろう。
昔いじめられているところを助けてやったことがあるから、俺に恩を感じている可能性もなくはない。
それで、オレは里奈を利用した。
騙されてくれるなら、そのままでいいかと思った。
里奈と付き合うと告げた時の望花の顔は見ものだった。望花ははっきりと嫌悪感を表した。
あの表情が見られれば、ほとんど目的は達成したもの同然だった。
里奈は嘘が下手そうだから、引き続き騙し続けておこうかと思っていたけど、本気でオレのことを好きになろうと努力しているのが分かって、企みのことを打ち明けた。
望花と涼さんを別れさせたいだけで、里奈のことは好きでもなんでもないのだと。
里奈は、オレの企みを咎めながらも、少しホッとした顔をしていた。
涼さんに想いを残しているのがバレバレだった。
ただ、簡単にはくっつけてやらない。
涼さんだけは苦しめてやらないと気が済まない。
里奈のことが好きなくせに、望花と付き合うような半端な真似をしやがって。
まずは望花を返してもらおう。
里奈を涼さんとくっつけてやるのは、それからだ。
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