9人が本棚に入れています
本棚に追加
お前、あんな奴好きなの?
〈健人‘s vision〉
望花は結局、5時間目まで保健室にいた。
『家に電話しても誰も出ないし』と困り果てた様子の保健室の先生は、オレたちが家まで送ると聞くと、安心したようだった。
保健室のベッドで眠る望花は、いくらか顔色に赤みが戻っていた。
本当に綺麗な顔だ。
今朝、高校の駐輪場の横で倒れてしまった望花を、オレが保健室まで運んだ。
鍵は開いていたけど、先生はまだ来てなくて、ベッドの上でスースーと寝息を立てている望花に、よほどキスしてやろうかと思った。
でも、何とか思いとどまった。
こんな風に仕返しをしても意味がない。オレは、この顔が歪むのを見たいのだ。
「帰れそう?」
里奈が望花を起こして尋ねた。
望花は、うっすらと目を開けてこちらを見上げてきた。オレを見てるのかと思ってドキッとしたけど、オレの後ろの壁時計を見たようだ。
「帰る。涼来るし」
気だるそうに身を起こしている。
「お、送るよ」
里奈が緊張した面持ちで言った。
元から送るつもりだったのに、涼さんを意識してしまったのだろう。
「んー、大丈夫」
ベッドから降りた望花が、2歩歩いたところでよろける。
「送るから。途中で倒れたら大変だし」
里奈が望花の身体を支えて言い張る。
「そうだね」
望花は、何か悪巧みをするような顔をして笑った。
「里奈も久しぶりに涼に会いたいでしょ」
「そ、そんなつもりじゃないよ。私、健人いるし」
慌てたように否定する里奈を、望花は馬鹿にするような目で見た。
「それがどうしたの?昔から可愛がってくれる近所のお兄ちゃんに、久しぶりに会いたいでしょって言っただけなのに。むしろ、カレシできたって報告すれば良くない?」
本当に悪い子だ。
里奈の気持ちを知ってて、弄んでいる。
「ほら、乗れよ」
望花に背を向けてしゃがんだ。
「は?余計なお世話なんだけど。アンタ、授業が終わる度に来てたでしょ。気持ち悪い」
「何だ、起きてたのか」
行く度にぐっすり眠っていると思ったけど。
「起きてないけど、アンタの香水が……」
思わず顔がにやけた。
「へえ?オレのこと考えた?」
「馬鹿じゃないの?とにかく自力で帰れるから、アンタまで来なくていい」
やっぱり、望花はオレの前で可愛い反応をする。
「4人集まったら楽しそうだと思ったけどな。まあ、お前は病人だし、次の機会にしとくか」
これだけ憎まれ口を叩く元気があるなら、里奈が付いててやれば帰れるだろう。
そう思って立ち上がった。
「アタシも、楽しそうだとは思うけど」
望花は小さな声で呟いた。
「アンタはダメ。……邪魔」
オレを拒絶する言葉なのに、なぜだろう、ゾクゾクする。
「オレのこと、意識しちゃってる?」
「誰が」
噛み付くように望花が否定した。
「そうなの?」
里奈が真剣なトーンで尋ねる。
「望花、健人のこと好きなの?」
「里奈まで。そんなわけないでしょ。アタシには涼がいるんだから」
「そっか、そうだよね」
里奈は少し落ちこんだようだった。
単純な女だ。口では何とでも言えるのに。
「分かったよ。やっぱおんぶさせてあげる。アンタのことなんか何とも思ってないから」
吹き出した。
「させてあげるって」
まるでオレが望花に触りたくてしょうがないみたいだ。
まあ、事実そうだけど。
「ありがたく、させていただきます」
そう言って、望花に再び背を向けた。
最初のコメントを投稿しよう!