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「寝ちゃったね」
高校の正門を出てしばらくしたところで、里奈がそっと囁いてきた。
「熱下がってないみたいだからな」
ブレザー越しに体温が伝わってくる。
背中に当たる柔らかい膨らみをどうしても意識せずにはいられなくて、オレはさらに前屈みになった。
「いつまでも夏服でいるから」
オレの状況を知るはずもなく、里奈が怒ったように呟く。
「だな」
オレの相槌を最後に会話が途切れた。
望花が聞いているかもしれないと思うと、お互い迂闊に喋れない。
「望花の家に行くの、すごい久しぶり」
里奈が沈黙を埋めるように呟いた。
「望花の家、いつも誰もいなくて、子供の頃は自由で羨ましいなって思ってた」
三人分の鞄を持つ里奈は、うまい持ち方をまだ見つけらずにいるようで、もぞもぞと肩に掛け直したりしている。
「でも、こんな時に誰にも迎えに来てもらえないのは、ちょっとかわいそう」
望花が聞いたら怒りそうだ。里奈に同情されたくないだろう。
「お前ら、昔から仲良かったよな」
わざと話を逸らした。
「タイプ違うのに、不思議だったよ」
昔から仲が良かった、というよりは、昔は仲が良かった、という方が適切かもしれない。
今は、少なくとも望花の方は、里奈を嫌っているように見える。
「うん。何か気づいたら仲良くなってた」
里奈は肯定して言った。
「望花って、私が知らないことたくさん知ってて、何でも私より先に経験して。私、望花に憧れてたんだ」
また里奈の肩から鞄がずり落ちて、諦めたように腕に提げている。
「最近、何だかギクシャクしちゃってて。私は昔みたいに仲良くしたいんだけど、考えてみたら、望花が私と仲良くするメリットってないんだよね」
寂しげに俯く里奈の手から、自分の鞄を奪い取った。落ちそうになった望花が、オレの背中にしがみついた気がした。
「え、大丈夫、持つよ」
「いーよ。自分の鞄くらい持てる」
望花が起きているのならちょうどいい。
「別に、友達ってメリットとかじゃなくね?」
この二人は、惰性のように仲の良いふりを続けているけれど。
「居心地がいいかどうかだろ。一緒にいてしんどいんだったら、無理して続けなくていいと思うけど」
里奈が望花を解放しないのが、こじれている原因に見えるから。
「しんどいけど、ほっとけないの」
里奈は俯いたまま呟いた。
「楽しい思い出がたくさんあるから、どうしてもほっとけないの。嫌いになれたら楽なのに」
少し涙が混じったような声だ。鼻を啜っている。
「そうか」
女の友情はよく分からない。
無駄に神経をすり減らして、いったい何を守ろうとしているのだろう。
「あ」
前から見知った男が歩いてくるのに気づいた。
向こうはとっくに気づいていたようで、オロオロとオレの方ばかり見ている。
里奈の顔を見ることもできないってか。重症だな。
「ええっと、あ、望花ちゃんどうしたの?」
涼さんは、オレの背中を覗きこんで、オレに訊いてきた。
「風邪引いたみたいで、倒れちゃって。な」
里奈に同意を求めた。
里奈の方も、気まずそうに俯いて、小さく鼻を啜った。
「そっか。り、里奈ちゃんも風邪?」
鼻を啜ったのを聞き逃さなかったようだ。
望花よりも里奈の心配か。
「いや、里奈は今、泣いてたからッス」
面白そうだと思って、本当のことを言った。
「泣かしたのか」
案の定、臨戦体制になっている。
「ち、違うの。私が勝手に、悲しくなっちゃって」
里奈が言い繕った。かえって誤解を招くような言い方だ。
涼さんがオレを睨んでくる。
「とりあえず、こいつを家まで送りたいんスけど」
身体をよじって涼さんに望花を見せると、ひとまず納得したようだった。
「えっと、俺が引き取った方がいい?」
涼さんがそろそろと両手を差し出してくる。
まあ、カレシなら普通は引き取るよな。
「いッス。起こしちゃいそうだし」
望花はとっくに起きていそうだけど。
狸寝入りを決めこんでいるのは、面倒くさいからか。それともこの状況を楽しんでいるのか。
「あ、じゃあ、えっと、ついてくよ」
涼さんは、すぐに手を引っ込めてそう言った。
望花のことを1ミリも心配していないんだな。
そう思って、ますます涼さんに腹が立った。
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