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一章 ミゼラブルの選択
私が平犀樹と直接顔を合わせるのは、今日このときが初めてだった。
「お越しいただきありがとう存じます。僕はセージュタイラー。もしくは平犀樹とでも。突然ご連絡してしまい驚かれたでしょう。ウェブでアポイントを取って、まったく知らない方からお話を聞かせて頂くのが僕のライフワークなんです」
少し癖のあるブラウンの髪は、男性ではなかなかお目にかかれない程に長い。出会った際には黒のカンカン帽を被り、内側に付いているリボンを顎の下で結び垂らしていた。
よく目立つ濃紅色のカジュアルスーツを着込んだこの青年は、自らを二十四歳と申告したが、私が渡された名刺には「家事代行サービス事業ポラリス代表」とある。世間話のついでに仕事のことを尋ねると、いわゆる個人事業主らしい。だが、家事代行云々の事業と私への「取材」とは無関係だと念を押された。それはそうだろう。
つい一時間前まで、私にとって彼はSNSからコンタクトを取ってきた不審な男に過ぎなかった。面談の申し出を承諾したとはいえ、少なからず警戒心を抱いていたはずなのだ。
なのに私は、気づけば自分の情けない話の数々をつらつらと彼に語って聞かせていた。私から見れば、平はただ黙して聞き手に徹しているだけなのだが、そのしじまな様子が却って話し手を煽るのかもしれない。
終いには身内に関する愚痴まで聞かせてしまい、私は我に返るなり恥じ入って詫びたが、彼は手を胸のあたりに当てながらやんわりと首を振る。
「これは僕の浅い経験論に過ぎませんが、見知らぬ者同士だからこそできる会話というのもあるものです。まるで化学反応のようで不思議だけれど、僕はそういうものにも惹かれます。だからあえて、顔も知らない個人ブロガーやライター職の方をお呼び立てするんです。今は少し恥ずかしいかもしれませんが、どうぞお気になさらないで。これきり会わない若輩者が相手なら尚更です」
マスク越しでもわかる温和な笑みを湛えながら、平はこの上なく柔らかな声音でそう言う。
十一月下旬の昼過ぎ、私たちは新宿の「ティーサロン・ダイアナ」で待ち合わせる約束をしていた。その風変りなルックスにも関わらず、私が平に抱いた第一印象はなかなか悪くはないものだった。彼の佇まいは品があって落ち着いていたし、紳士のような振る舞いとは相反した少年的な雰囲気のせいもあるだろう。
人形のような相貌、というのは少々褒めすぎか。ただし私が連想したのは端正な彫刻の類ではなく、むかし祖母の家で見たビスクドールだ。あれは少し微笑んでいたので、澄ました顔の雛人形より可愛く見えた。
ともかく、ヴァイオリニストの少女が真っ赤なチュールドレスを着てステージに現れても驚かないのと同じようなもので、私は平の個性的な点について不思議と鼻白むことがなかった。それに、英国風の壁紙や調度品で統一されたこのカフェの中において、平はインテリアの一部のようによく馴染んで見える。
スーツの色の是非はともかく、真摯に対話をしたいという平の敬意ある態度を私はすぐに気に入った。
この一時間で感じた彼の様子を形容するなら「自然体」「悠然」というところだろうか。もちろん極めて珍しい出で立ちだし、古臭いほど洗練された所作も派手といえば派手なのだが、本人にはあまり煩い主張や飾り気がない。きっと、彼にとって当然選ぶべき色やスタイルが、たまたま私の目に奇抜と映るだけなのだろう。
次いで「人畜無害」という言葉も浮かぶ。ひらたく言えば、私への性的興味が全くなさそうで安心した、ということだ。もちろん実際のところはわからないし詮索する気もないが、私には幼気なビスクドールをそのまま成年にしたのがこの平犀樹であるように感じられた。
平が私にコンタクトを取ったのは、私のブログにあった「熊本の幽霊」という記事がきっかけだったらしい。私へ宛てた取材交渉のメッセージでも、彼は自身をオカルトマニアと称していた。
私は学生時代からつまらない日記を毎日欠かさずしたためている。近年は、料理のレシピや映画のレビュー、投資、コスメティックなど、ひとつのテーマに絞り情報を発信するブログのほうが人気かもしれない。しかし私のブログはごく個人的な記録であり、かれこれ六年以上そのスタンスを貫いている。
「熊本の幽霊」は二〇十七年に私が書いた記事らしい。毎日書いていることもあり、正直こんな記事を投稿したことは自分でも忘れていたが。
あらためて見返してみたところ、熊本市内の有名な心霊スポット「S病院」についての怪談がいくつかかいつまんで書かれていた。私は当時も今も怪談の類に興味のない人間だが、アルバイト先でS病院にまつわる怪談を聞き、一応記録として書き残したのだろう。ただ、最後のほうには「あまり怖いと感じなかった」とあったし、そのうえ「早めにバイトが終わったので課題が捗った」と結んでおり、全体的に見れば実に他愛ない。
しかし、平からS病院や熊本市の郷土伝承について尋ねられたのは最初だけで、どうしてかはわからないが、彼の関心はだんだん私の『不運体質』へ向いたようだ。
私のブログにはたびたび不幸な小話が登場する。昔から私は妙に間が悪い。いっそ呆れるほどに運が悪いのだ。それこそブログのネタにでもしないといたたまれない。と、日々の出来事の一環として、私はなかば自嘲的にそれらを記していた。
平からその話に触れられた当初、私は自制を心掛けて応じた。が、彼に促され続けるうちに私の自制心は徐々になりを潜め、最後には怒りを孕んだ感情が濁流のように私の内から溢れ出てしまったのだ。
私は平に、これまで我が身に降りかかった不運なエピソードの数々を矢継ぎ早に語って聞かせた。
まず、ブログにも書いた「当たり障りない不運」として、こんな話がある。
今年の夏、滅多に食べない牡蠣にあたった。もともと夏バテ気味だったところにとどめを刺された形となり、二週間で五キロ以上痩せてしまった。
運が悪かったのは、それが友人の結婚披露式に出席するためのドレスを購入した直後だったことだ。
スカスカになってしまったチューブトップドレスはクーリングオフ期間を過ぎており、フリーサイズだから交換もできない。式の直前になって泣く泣くドレスを買い直さなければならなかった。
しかしそれと時期を同じくして、新郎の両親と同居している兄嫁家族が件の感染症に罹り、新郎も濃厚接触者となったらしい。幸い大事には至らなかったようだが、その披露宴は無期限延期となった。
買い直したドレスは一度も袖を通さないままクローゼットの中で眠っているが、体重はもとに戻ってしまったから、おそらく今後も着ることはないだろう。
というのが「誰にでも話せるエピソード」だ。この程度なら笑い話にもできる。
笑えない不幸の体験談なんて、大抵は聞かされて気分の良いものではない。だが、これまでどうしても誰かへ話す気になれなかったことも、私は平には話した。彼の持論の通り、赤の他人だからこそ気兼ねなく暴露できたのかもしれない。
彼に零したのは主に会社の愚痴だ。私は3年前に熊本から上京したのだが、新入社員として働きだして早々に帯状疱疹を患ってしまった。当時は入社から四~五ヶ月で、新人研修は終わっていたが、まだ有給は使えない頃だった。
私は二週間近くの欠勤を余儀なくされ、その後もしばらくは突発的な欠勤と早退を繰り返した。ようやく症状が治まってきた矢先、こんどはインフルエンザを罹患し、また四日以上続けて欠勤しなければならなかった。
身体のコンディションが整った頃にはもうすっかり冬めいていて、社内には既に私の居場所はなくなっていた。指導担当の先輩はおろか、同期達さえ私に対してよそよそしく、何か尋ねても無視をされる。どうやら相次ぐ欠勤で、底意地の悪い上司に目を付けられてしまったのが悪かったらしい。
その上司という男が本当に酷かった。若くて大人しい部下へのハラスメントは日常茶飯事で、取り巻き連中と飲食店へ行っては車で帰る、飲酒運転の常習犯でもあった。
私は嫌だと言うのに何度か彼の車に乗せられたのだが、あるとき上司は泥酔した挙句に軽い事故を起こした。幸い、車体を駐車場の塀に掠める程度のもので、同乗していた私は他人を巻き込まなかったことに心の底から安堵した。だが、後になって彼の取り巻きから飲酒運転ほう助だの車の塗装代だのと称してゆすられ、結局連中に五万円ほどを渡す羽目になった。
またあるとき、件の上司は若い社員を数人集め、大声で語って聞かせるように何かを読みあげていたのだが、よく聞けばそれは私が入社時に提出した履歴書だった。
連中はわざわざ私の母校を検索し「馬鹿が行く学校だ」と嘲笑ったが、私はそんなことよりも、あんな奴らに自分の住所を知られていることにぞっとした。
もうこんなところでは働いていられない。近いうちに転職して引っ越そうという決意が私の中で固まり始めた、まさにその時だった。コロナ禍という言葉が世間に浸透し、東京都もあらゆるメディアを用いて不要不急の外出を控えるよう呼びかけ始めたのだ。感染症対策の一環として、私は今も会社から在宅勤務を義務付けられている。
彼らと顔を合わせずに働けるのは喜ばしい。しかし幹部以外の「社内立ち入り禁止」というお達しのせいで、こんどは辞職の手続きがしづらくなってしまった。
もちろん不可能ではないのだが、リモートワーク中は件の上司を介さないと総務や人事の担当者へ連絡する手段がないのだ。せっかく嫌な連中と関わらずに済んでいるのに、メールを一本あの男に送るだけのことが、私には億劫で仕方ない。結局、私は今日までそれをためらい続け、引っ越すことも転職することもなく、何もかも中途半端なまま半年ほどを過ごしている。
そんな調子で、気づけば私は三〇分以上もくどくどと平に話を聞かせていた。ただでさえ自粛自衛と叫ばれて久しい。同年代の人間と顔を突き合わせて話をするという、そんな体験自体にもおそらく私は飢えていたと思う。面と向かって「聞かせてほしい」と言われれば、こちらもつい舞い上がって多弁になる。
私の愚痴の洪水を浴びせられている間、楽しくもないだろうに、平はタブレットをテーブルに置き、しきりにスタイラスペンを走らせていた。まるで学問に熱心な学生のように。
不本意ながら私はゆすられることに慣れている。万が一会話の一部始終を録音され、私の肉声がどこかに漏出しても構わないよう、平の前では個人名も会社名も一切言っていない。だから一体何を熱心に書いているのだろうと少し不思議だった。
それを尋ねようとしたとき、平は私を遮ってウェイターを呼び、二杯目に温かい紅茶を、と私に勧めた。確かに、テーブルに放置された私のマヌカハニー&ミルクはすっかり冷たくなっている。
普段カフェインを避けていると話したはずだが、湿っぽくてかしましい私への遠回しな嫌がらせでなければ、単に忘れたのだろう。彼はなかば強引にふたり分の紅茶を注文してしまった。
とはいえ、なるべく控えるという程度の節制だ。ノンカフェインのメニューが無いカフェも多いから、カフェ巡りという娯楽を諦めるほどストイックな制限はしていない。今日のお茶代はもともと平がもつ取り決めだったし、ドリンクの1杯程度は財布の主に選ばせてもいいだろう。
「さあ、紅茶をどうぞ。冷めないうちに」
年配のわりに姿勢の良いウェイターがティーカップを置いて去ったあと、平は両手のひらを広げて高らかにそう言う。まるで自宅のオーブンからメインディッシュを運んできたかのような大仰さに、思わず私は笑ってしまった。
「どうぞって、ホームパーティーみたい。持ってきてくれたのは店員さんなのに」
「淹れてくれたのも今の彼女ですよ。野沢さんという。僕はこの店にはよく来るので聞いたことがあります。この紅茶に使用している茶葉は現地の農園から直接空輸で日本の本店に届けられ、国内の工場で加工したのち各店舗へ配送されるそうなのですが、この店舗では届き次第すぐにそれを四グラムずつパッキングして保管しておく。ポットの内側にはラインが引いてあるので、砂時計の使い方がわかれば誰でも適量のお湯と茶葉でマニュアル通りの紅茶を淹れることができます。シェフの仕事は主にオーブンの焼き菓子を見張ることとケーキの仕上げですから、ドリンクメニューはすべて彼女の管轄だそうです。IHコンロでお湯を沸かして丁寧に注いでくれたと思いますよ。さあ、どうぞ熱いうちに召し上がれ」
仕草は相変わらずゆったりとしているのに、口だけはよくもまあ、これほど器用に動かせるものだと、なかば感心するほど早口にそう捲し立てられた。たおやかで甘みすら含んだ声には変わりないが、突然饒舌になったものだから、私は少々気圧された。おまけに、あまりにもまっすぐ私の瞳を見つめるので、少々心地が悪い。
反射的に、私は彼の視線から逃れるように俯きながら、目の前に置かれた華奢なティーカップへと手を伸ばした。
薄い白磁のカップに唇をつけると、火傷をしそうなほど熱い。が、それも心地良かった。平は最初に注文をした際、紅茶そのものよりもこの店のティーカップが気に入っていると語っていたが、確かにこれだけ薄くて軽いカップならば、ぽってりと厚みのあるマグカップに同じ紅茶を淹れたときとは、さぞ口当たりが違うことだろう。
確か彼が注文したのはアッサムティーだったか。まるでダマスクローズのような濃厚な香りが口の中を満たすようだった。口内から、鼻腔から、神経を通して私の身体中があたたかな芳しさで満ちていく。その温かさも香りも、心地良さまでもが美味しく感じる。まるで心地良く酔いしれた時のように、私の心身は一瞬でふわりと軽くなった。
そんな感覚をおぼえた。
――ローズの香りが強くなった気がする。
紅茶の香りとはおそらく違う。瞼を閉じているのに血管の暖色が見えた。あたたかい、麗らかな柔らかい日差しだ。
私はカップから唇を離して、ぱちぱちと瞬いた。相変わらず平は鷹揚に脚を組み私の目の前に座っていたが、それ以外はすべてが先ほどまでと異なっている。
そこはまさしく夢のように美しい庭園のようだった。どこを見てもロマンティックだが、人間用の巨大な鳥籠のようでもある。私と平を仕舞う鳥籠だ。
壁はほとんど水晶のような透明なタイルで出来ていて、アーチ状の天井だけは色とりどりのカラーグラスが緻密に組まれている。大聖堂のステンドグラスのようだった。
私と平の周囲は多種多彩な植物で溢れかえり、花と緑がぐるりと私たちを取り囲んでいた。生気の感じられない木々や歪つな仙人掌のような植物は、なんとなく気持ち悪い感じがしたが。
「ティーサロン・ダイアナ新宿三丁目店」の面影は、もはやどこにもない。
私はいつの間にか、ストライプ柄の布が張られたカウチソファに身体を預けていた。カフェにあった椅子とはもちろん似ても似つかないものだ。
私たちを取り囲む水晶の壁は、薄いのか厚いのかよくわからない。ただ心地良い陽光がすべての方位から差し込んできて、くまなく鳥籠の中を照らしている。
まるで星が瞬くようなとても小さな音がどこかで鳴っていることを除けば、光の降り注ぐ燦燦という音が聞こえそうなほど、ここはとても静かだった。
ガラスの外側は、ただ真っ白であるようにしか見えない。きっと外には何もないのだ。そもそも、どこを見渡しても人が出入りするための扉がない。
ここに在るのは、この美しい温室のようなガラスドームだけで、居るのはその中にいる木と花と私たちだけ。
平は白い不織布のマスクを外し、そのまま床にぱらりと落とした。私にもマスクを外すよう勧めると、潤すように自分の紅茶を少し口に含む。
「さて。あなたが真性のカフェイン・アレルギーでなかったおかげでスムーズに事が運びました。兎にも角にも僕の勧めたお茶に口をつけて貰わないことにはここに招くことすらできないので。というわけで話の続きです。あなたの身の周りでどのような不運が起こるか、それは凡そわかりました。でも僕はまだ聞き足りない。ここからはあまりゆっくりとお喋りできませんが、わかりますね? 真壁幸乃さん」
私はずっと持ったままだったカップをソーサーに置きながら「はい」と答えて頷く。
とても奇妙な感覚だった。平が私の本名を知っているのは当然であることも、ここが先ほどまで私たちが滞在していたカフェとはまったく異なる場所であることも、ここにいる限り私は平に嘘をつけず、彼の質問に出来得る限り答えなくてはならないことも、私は不思議とすべてわかっている。
平はウォルナット材によく似たセピア色の髪を揺らし、古めかしいウィンザーチェアのアームレストの上に肘を乗せた。その間も、瞳だけは私の方をじっと見据えたまま動かない。
「ここのことはまぁお茶を楽しむサロンだとでも思ってどうぞリラックスしてください。僕の庭みたいなものですが既におわかりの通り僕らはここへは九九九秒しかいられません。九九九を六〇で割ると十六.六五ですがなるべく十五分以内に目当てのものを見つけたいのでどうかそのおつもりで、ご協力願います。それがあなた自身のためにもなる、おそらくね」
台本でもあるかのようにすらすらと述べて、平はにやりと笑う。少し尖った八重歯のせいで、悪戯を企む狐のような表情に見えた。
平の横では、サイドテーブルに置かれた大きな砂時計がさらさらと時を数えている。どうやら微かな音の出どころはこれらしい。デジタルではないのに、なぜか残り時間は九六一秒だと、私にはわかった。
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