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5.相棒、喧嘩するほど仲が良い?
小学生の頃、学年で足の速い生徒ランキングトップ3に選ばれた。当時すでに関東強豪と評判のサッカークラブチームに所属していた九条にとって学年トップ3は名誉なことだった。
憧れの存在は同じサッカークラブの高校生クラスにいた二人の先輩。彼らはクラブチーム内の二強のエースだった。
あの二人のようになりたくて、追いつきたくて、彼らの背中とサッカーボールを無我夢中で追いかけた少年時代を何故か今、思い出している。
いつしか追いかける対象はサッカーボールではなくなくなった。犯罪の臭いを纏う者達を攻め込む彼の俊足は今日も容赦がない。
現在、九条の数十メートル先を走る男の足取りはおぼつかない。自慢の俊足で対象と距離を縮めた九条は逃げ惑う男を新宿の路地裏に追い詰めた。
無謀にも刑事相手に拳を振り下ろそうとする男の腕を掴み上げ、その身体を建物の外壁に押し付けた。ビル街の狭間、陽の光の差さない細道に男の怒号が響き渡る。
『離せよ……っ!』
『刑事の顔見て逃げる奴はヤバいことしていますと白状してるもんだぞ。大人しくしろ』
眼を血走らせて暴れる男の顔を確認して、九条は己の直感を褒め称える。艶を失ってパサついた髪と浅黒い肌、顔はそれなりに整ってはいるが清潔感に欠ける身なりは間違いなく、先週ラーメン屋で遭遇したホスト風の男、“タイガくん”だ。
『おーい、南田ァー。追いついてきたか?』
『ここだ』
肩で息をしながら二人の後を追ってきた南田に、九条は男から奪い取ったクラッチバッグを投げ渡す。
言葉がなくとも九条の意図を察した南田がその場で男の身元確認と所持品検査を行った。財布に入っていた免許証の名前は大幡克己。
九条が“タイガくん”だと思っていた男には別の名前があった。大方、“タイガ”と言う名は偽名か源氏名。
ラーメン屋で別れたくないと泣きわめいていたツインテールの女には“タイガ”と名乗っていたのだろう。怪しい商売をする者は馬鹿正直に本名を名乗らないものだ。
『あったぞ』
南田がクラッチバッグから引き出した物を路地裏の隅に積まれた段ボールの上に並べて置いた。
ビニール袋に包まれた大量の白い粉末、菓子類と間違えそうなほどカラフルな色に着色された錠剤、注射器。覚醒剤とMDMAだろう。
『やっぱりクスリやってたか。禁断症状でまともに歩けないくせに無茶して走りやがって』
『うるせぇっ! 離せぇ……っ!』
『はいはい、暴れない暴れない。これ以上抵抗すると公務執行妨害まで加わっちまうぞ』
10月18日16時12分、“タイガくん“こと大幡克己は九条大河によって薬物所持の現行犯で逮捕された。クスリが切れたことによる禁断症状で意味不明なうわ言を繰り返す大幡克己を管轄区域の新宿西警察署に引き渡すまでが九条達の仕事だ。
新宿西署の刑事達に逮捕に至るまでの事情を話し終えた九条が署内のロビーに戻ると、疲れた顔でソファーに身体を預ける南田がいた。
九条と警察学校同期生の南田は警察学校時代の柔道の成績は最下位、体力面で他の同期生に劣っていた。しかし九条とバディを組んで以降は九条の俊足に追いつける程度には基礎体力が上がっている。
『お前、昔に比べたら体力あるようになったじゃん』
『誰かさんが脳筋なおかげで俺まで巻き添えくらう羽目になってるからな。説明もなしにいきなり走り出すから何事かと思った』
南田の小言も無理もない。バラバラ殺人の被害者、二階堂隆矢の空白の足取りを辿るために、九条と南田は二階堂が行きつけにしていた新宿の呑み屋を訪れていた。
呑み屋の女将の証言にもこれと言って目ぼしい収穫はなく、昼間の飲み屋街を歩く九条の前を横切った男が大幡克己だった。
九条と大幡の視線が絡んだ一瞬の静寂は、二人にラーメン屋での遭遇を思い出させた。
九条を刑事と知る大幡はその場から逃走、迷わず駆け出す九条と訳もわからず二人を追うしかない南田。白昼の新宿で繰り広げられた鬼ごっこは、哀れな薬物依存者の逮捕で幕を閉じた。
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