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目の前に現れる亡霊たち。痛々しい姿に、男は心当たりがあった。そして酷く狼狽する。
心臓のない霊は、その服を捲ってぽっかりと身体に空いた穴を見せて言う。
「心臓が、動いていないんです……先生、ください……先生の心臓を」
足のない幽霊は、松葉杖を引きずって言う。
「足……足……」
左腕を失いバランスを保てなくなった女の霊が悲しそうに喘ぐ。
「返して……腕を返して……」
男は恐ろしさのあまり、全速力で逃げ出す。
「私が何をしたって言うんだ、私は何も悪いことはしてないぞ! 必要だったんだ! 医学の進歩のためには多少の犠牲はつきもっ……違う、違うかぁ!? うわぁあああああ!」
気を失った男が目を覚ますと、手術台の上だった。拘束された男を取り囲んでいるのは、見覚えのない医師たちだ。
医師たちは男の言葉にも耳を貸さず、手術を始めようとする。
「先生、麻酔は」
「いや、ネズミに麻酔は必要ないだろう」
医師たちが取り出したチェーンソーが、男の足を切り落とし始める。チェーンソーの唸りと男の絶叫とが混ざり合う中で、医師の一人が声を上げた。
「先生」
「何だ!」
「患部は左足じゃあ……」
「そうだった。でもまあ、仕方ない。医学の発展に、失敗はつきものだ」
「医者は神だ。多少の失敗は許される」
愉快そうに笑いだす医師たちの頭は、男が実験のためにぞんざいに扱っていたネズミであった。
「うぅ……うぅうう! うわぁああああ! 切らないで、切らないでくれぇぁああああああ!」
目が覚めると、そこはタクシーの中だった。男は額にぐっしょりと汗を滲ませ、息を上げている。
「はぁ! はぁ! なんだ夢か……!」
「夢?」
運転手の問いに、男は答える。
「ああ、酷い夢だった。私の足がな……」
と、男が自分の右足に手をやると、ぐちゃりと嫌な感触を得た。
その手を持ち上げると、掌には真っ赤な血がべったりと――。
「ぁああああ! ない! ない!」
「夢でなんかあるものか!」
「えぇええ!?」
運転手が恐ろしい声に、男は頓狂な声を上げる。運転手は男の方を振り返って言った。
「行先は……地獄だ!」
「ひぎゃぁあああああ! うわぁあああああ!」
どろどろに溶けたような、運転手の恐ろしい表情に、男は絶叫。慌ててタクシーの扉にしがみつく。
「開けてくれ! 頼む! 降ろしてくれ! おぉーい! 開けてくれー! おぉーい……!」
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