凌太side<出会い>

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凌太side<出会い>

両親は仮面夫婦だ。 母は無関心で父は仕事人間だ。 ただ、父の肩には甲斐の家だけでなく多くの社員の生活がかかっている訳で忙しいのは仕方のないことだとしても、子供の頃は学校行事などには一度も参加したことはなく、父方の祖父母が来ることが常だった。 物心ついた頃には両親が二人並んでいる姿を見ることがなかった、もともとそういう二人なのかも知れない。 ただ、父は俺が良い成績を取れば褒めてくれたし、父方の祖父母が祝ってくれた。 誕生日は自宅で母がケーキなどを用意してくれたがそこには父の姿は無かった。 そういうものだと思っていた。 中学に上がって友人の家に行った時、友人の両親が仲良く家の中が明る笑いにあふれているのを見て、自分の家に疑問を感じた。 その違和感の理由を知ったのは高校一年の時、学園祭で使うため浴衣を受け取りに母の実家である呉服店に行ったら、昔は番頭と言ったらしいが母が父と結婚して倉片呉服店が甲斐商事の傘下に入り組織再編の末、店舗内の責任者を店長と改ていた。 倉片呉服店は文久二年から続く老舗だということで呉服店側からかなりの不満の声があったと父方の祖父から聞いていたが、現在は若者向けのリーズナブルで簡単に着ることができるセパレートの簡単着物を扱うことで幅広い客層を取り込むことができるようになり売り上げが上がってきたと言っていた。 その店長である飯山さんに母が来ている事を聞き、特に外でまで会いたいと思わないが声を掛けずに帰って後から知られるとそれはそれで面倒な事になりそうだから母屋へ向かいリビングの扉に手をかけようとした時に母の声が聞こえてきた。 「使用人の孫に私が合わせないといけないなんて」 「甲斐のおかげで今の倉片はあるんだ」 どうやらおじいちゃんと母が話をしているようだ。 「成り上がりのくせに。凌太にも使用人の血が混ざってしまったから、由緒正しい令嬢と結婚して、良い血筋に変えていかないと」 母が父を使用人の孫と呼んでいることにショックを受けた。父も祖父も曽祖父が作った会社を確実に大きくしている。 由緒正しい令嬢って何だよ。 「まぁ、それもいいかもしれないな。凌太はお前の子供だ、それで気が済むら旦那衆に聞いてみよう」 怒髪天を突くとはこういう事なんだろうと思うほど全身が震え身体中の血が頭頂に集まっていった。とっさに力一杯扉を開けるとじいさんと母が揃って俺を見た。 「扉は静かに開けなさい、そいういう下品さはきっとあっちの家の血ね」 「よさないか」じいさんは軽く諌めてはいるが本気では無さそうでイラつく。 「ふざけるな、俺はまだ高校生で結婚の話が出るとかおかしいし、なんで勝手に話をしているんだよ。それに、父さんと甲斐の祖父ちゃんや曾祖父ちゃんはあれだけの会社を作って大きくしてる、そもそもこの店は甲斐商事の子会社だろ。父さん達を馬鹿にするな」 二人にそう言い放つと呉服店を後にした。 今思えば、倉片の家には父は来たことが無く正月の挨拶も母と俺だけだ。 こんな風に馬鹿にした態度を取られれば俺だって腹が立つし、父達を尊敬していた俺にとって母親の言葉は許せないものだった。 結婚相手を勝手に決めようとしていたことに対しても母の父だけでなく俺自身をも馬鹿にしていたことに愕然として、同じ家に住んでいても母親を避けるようになり、俺が老舗呉服屋の孫ということで周りが俺の着る浴衣を楽しみにしていたそうだが、学園祭では俺はあえて制服で参加をした。 そして、甲斐商事の一人息子で倉片呉服店の 孫ということで近づいてくる女にもウンザリしてそれならばと来るもは拒まず関係を持ったがそれは絶対に“彼女”だったり“恋人”ではなかった。 好き?と聞かれれば「別に」と答えたし、愛してる?と聞かれれば「いいや」と答えた。 それが本当の気持ちだったから、その度に彼女達は離れて行ったが特に何も感じなかった。 母は三階で俺と父は二階の部屋を使っていたが、わざと三階の空き部屋で母に見せつけるように女を連れ込んで抱いていた。 あんたの言う由緒正しい令嬢を連れてきてもこの部屋で他の女達と同じ扱いをすると牽制するために。 忙しい父は夜中に帰宅した時など部屋で少し話す程度だったが、一度だけキャンプに連れて行ってもらいそこで遅くまで話をした。 会社のことや、俺の学校でのこと将来について、女性を連れてきている事に関しては母もちろん話をしていないし、お手伝いのフミさんも特に何も言っていない様で知らないようだ。 だから、好きな人の話になっても俺は自分の事を話す話題が無かったが、父がどうしてあの母と結婚したのかは知りたかった。
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