<決着>

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<凌太> 「沼田様がいらっしゃいました」 横浜で鈴木里子とランチをするということで中華街東門で瞳を降ろしたあと本社ビルの執務室で書類を確認していると秘書からの内線が入りミーティングルームに移動をする。 休日のため、人は少ない。 ミーティングルームに入室するとスカした和装ではなくスーツ姿で髪を後ろで一つにまとめた沼田真子が俺が部屋に入ると立ちあがり頭を下げた。 「その・・・先日は」 しおらしく謝罪をしようとしてるところを手で止める。 「時間は無限ではないです。今日ここへ来たということは課題を持ってきたということでいいですね」 強めに伝えると化粧をしても垣間見れる隈のある目をしっかりと俺に向ける。 「チャンスをありがとうございます」そう言って書類ケースからファイルを取り出した。 あの日、沼田吉左衛門商店をどうしたいのかという話をした。 瞳に対しての暴言に対して断固として許しがたいし、おふくろがまた何か行動を起こすのであれば、倉片呉服店も沼田吉左衛門商店も同じように制裁をするつもりでいたが、すっかりおとなしくなった沼田真子はお見合いはたしかにおふくろからの話で、すこし強引でも婚約をすすめるという事になり、さらに 『甲斐さんの弟だと名乗る甲斐亮二さんから連絡をもらい会いました。亮二さんは甲斐さんの元カノに付きまとわれて困っていること、その女性は昔、甲斐さんの家族や地位に惹かれまとわりついていたがお金であっさり身を引いたから、今回も簡単に離れていくって言われて』 体が震えるほどの怒りがわいてきたが「それで」と言って沼田真子に話をさせる。 『離婚した元カノに付きまとわれて兄さんが困ってるけど、兄さんはいい人すぎてつきはなせないんだって、だから金で片をつけるといいよ。兄さんはセフレが一人消えたところで気にしないからって言って奥山瞳さんの会社を教えてくれました』 亮二が絡んでいるということに”やはり”という気持ちと”何故?”という感情が湧いた。 『でも、奥山さんと話をして聞いていたことがすべて違っていることと、会社の為に私が何をするべきかを考えさせられ、今回、同じようなことを甲斐さんに言われて恥ずかしいと思いました』 「瞳に会いに行ったことは亮二に話をしましたか?」 『いえ、奥山さんと話をして混乱して・・・甲斐亮二さんから連絡がきても出るのが怖くなって』 「一つ訂正させてもらうが、亮二は三島亮二で甲斐からすると非嫡出子だ。悪いが分けてくれ」 画面に映る沼田真子の表情が強張る。おふくろも亮二のことを人に言わないだろうし本気でわかっていなかったんだろう『すみません』と頭を下げていた。 「それなら、亮二とは連絡を取らないでくれ、もし目の前に現れたのなら俺との接触は伝えず、瞳にはもう一押しするとでも言って濁してほしい」 『はい』 「それで沼田さんは店とどのように関わりたいのですか?」 返事によってはここで通信を切るつもりだったが 『老舗という看板に奢らず新しい何かをしたい』 「それであれば、日曜日の午後1時に企画書を持ってきてください」 『明後日の昼ですか?』 「できないならそれまでです」 『いえ、やります。やらせてください』 そして約束の時間である今、手渡された資料には【究極のお茶~沼田吉左衛門ブレンド~】というタイトルが書かれている。 文章や構成ははっきり言って下手だが、お嬢様が一日半で頑張って調べながら作ってきたであろう努力が見られる。 ただそんなものは、社会人として当たり前のことであるが200㎖のペットボトルを使い高級茶葉を使った一ランク上のお茶飲料で飲み比べのためにテイストの違う3種類ほどを展開するというもの。 かなり粗削りだが、すこし練りこんでいけば面白いものになるかもしれない。 「お茶は好きなんだな」 「当たり前です。誇りを持ってますから」 「社交だとか政略結婚だとか言っているから、単に楽に資金を調達できて"老舗"に胡座をかくだけのお姫様なのかと思ったよ」 すました顔で誇りとか言っていたが俺の言葉で一気に顔を紅潮させた。 「最初の結婚で失敗をして自分で考えるのが怖くなっただけです。でも、奥山さんが甲斐さんのことを話しているのを聞いて羨ましいと思ったし、この企画書を考えている時すごく楽しかった。だから、ボツになったとしても悔いはないしこういう方法があったんだと勉強になりました。ありがとうございます」 「このままでは、まだまだだが担当と工場長に話をする」 沼田真子は一瞬にして明るい表情になると「馬鹿なことをしたのにありがとうございます」と言って頭を下げた。 「ちょうど新しい飲料の開発を考えていたところだったからな、そうでなければ今頃お茶問屋がひとつ消えていたかもしれないな。それから」 「八栄子さんにはわたくしから断りを入れます」 「そうしてくれ。これからはビジネスパートナーとしてよろしく頼む」 握手のために手を差し出すと戸惑いながらも俺の手を握った。 中華街のあるあたりを見ながら瞳はまだあの辺りにいるんだろうかと思いながら窓から街を見下ろす。 騙されたと言っていた松本ふみ子 嘘を吹き込まれた沼田真子 どちらも俺から瞳を遠ざけようとしている? 今まで絡んでもこなかったくせにいったい何を考えているんだ? あいつの考えなんてどうでもいい、親父の裏切りを初めて知った学生の頃の俺とは違う。逃げるのはやめだ。 瞳から送られてきた写真に思わず笑みがこぼれる。 鈴木里子とのランチらしいが送られてくる料理が全て赤い。 麻婆豆腐はわかるが、カシューナッツ炒めやスープ、餃子にチャーハンまでが赤い。 激辛コースというものらしい。 小さなグラスには赤茶色の液体が入っている。 [辛そうで紹興酒もすすみそうだな。ほどほどに] メッセージを送ると鈴木里子と瞳が顔を寄せ紹興酒を手に持った写真が送られてきた。 [辛くて紹興酒よりも水の摂取量が多いです] [お仕事お疲れ様] [沼田吉右衛門の厳選茶葉を瞳への謝罪として預かっているから今度渡す] [楽しみにしてる] [じゃあ、楽しんで] 瞳からは"はーい"と手を挙げているキャラクターのスタンプが送られてきた。 それを見てから親父に電話をかけた。
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