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「奥山に戻りました。しばらくは、竹内でも奥山でも呼びやすい方でどうぞ」
どうせ離婚のことは知られるし、だったら自分からカミングアウトしたほうがいい、だから朝一番でかるーい感じで挨拶をしておいた。
陰でヒソヒソ言われるのも面倒だし。
先制をした事で、ツッコミやすくなったのか
「何何?浮気でもした?」
「あっちがね」
「「「「ええええええええ」」」」
と言うことがほぼ一日続いたが、二、三日で下火になるだろう。
節約の為に作っていたお弁当もやめてイタリアンレストランのパスタランチを食べているとスマホに着信が入った。
画面を見ると凌太からだ。
『今、大丈夫?』
「あと一口ってところかしら」
『悪い、食べながら聞いて』
昔、恋人同士だった時は目の前の料理が冷えてしまったとしても凌太を優先しただろう。
でも今は友人としての最低限の礼だけでいいかって思う。
フォークでたらこのパスタをクルクルと巻くと口に入れる。
あー美味しい
『今週の日曜日に瞳の両親に謝罪に伺おうと思う』
モグモグと咀嚼して飲み込んでから水を一口飲む。
美優の調査で探偵を雇ってもらってそれで謝罪は十分だと伝えたがどうしても両親に謝罪したいと引き下がらないため、父に確認をしたら“例”お金を持って帰って凌太の母親に返してくれるのなら来てもいいという返事だった。
「わかった、両親に伝えておく」
『ありがとう、それから今夜、食事でもしないか?』
あれから何度かディナーに誘われているが、ディナーに行くような仲じゃないと断っっている。
「久々の実家生活だから夕食は極力両親と食べたいの、それじゃあ」
『それならランチならOK』
正人の不倫で弱っていた時だったから、ちょっとフラつきそうになったけど、冷静になった今ならわかる。カラオケのあの女性は絶対に関係があって今も繋がりがあると思う。
かと言って、全てを拒絶するのは違う気がするから
「ランチならいいよ」
『じゃあ土曜日のお昼、迎えに行く』
「迎えに来なくていい、場所を教えてくれればそこに行くから。迎えに来たら居留守を使うし次の日の謝罪は無くなると思って」
『わかった、後でラインする』
「じゃあ」そう言って通話を切った後、通話中に持ってきてきてくれたコーヒーを飲んで大きく息を吐いた。
昼休みを終えて社に戻ると、何となく腫れ物に触るような態度で接してくる者もいるが、概ね想定内だ。
そして
「竹内、じゃなくて奥山。折角、竹内に慣れたのにまた呼び方変わるとか面倒臭い。この間の商品案はボツだ。もっと、若者ウケしそうなものを考えろ、だから浮気されるんだ」
ニヤニヤとしながらモラハラセクハラのハラスメント百貨店の宇座課長も想定内だ。
反応すれば宇座課長の思うツボだから「わかりました」とだけ返事をして席に戻る。
3年前の夏、夏限定商品が想像以上のヒットをして毎年の夏の定番商品となった。
あの時は、部下の成功を褒めるでもなく
「たまたまヒットしたからって調子に乗るなよ、まったく可愛げがない。だから結婚できないんだ」
と、言われたっけ。
その翌週に入籍をしたらまた
「何ヶ月もつか見ものだ」
って言われたけど、何ヶ月じゃなくて3年持ちましたって言ってやりたいけど面倒くさいからやめよう。
部下の成功を妬む上司、とくに男尊女卑が激しくて上層部は一体この人の何を見ているんだろう?って、思うけどこの人が特に成果を上げて課長になった訳ではないから上層部への対応がお上手なんだろう。
バレンタイン商戦・・・今の私には一番考えにくいテーマだわ。
でも、私には仕事しかないことも確かだ。
タブレットをもって小会議室へ向かった。
「さっきのアレ、マジで人事に言った方がいいんじゃないですか?モラハラセクハラパワハラ、ハラがいくつあっても足りませんよ」
「今回の企画、結構イイ線行ってると思ったんだけど」
私もそう思ったけど、いつも早くに企画書をだしてもOK が出ずバタバタになる。
「まぁ、ハラについては聞き流せばいいし。ギリギリまでOK
が出ないことで忙しくはなるけどある程度成果が出ているからね。頑張ろう」
「チーフがそういうならついていきます」
結局、話はまとまらず本日のミーティングは終了となった。
仕事をしていると落ち着く。
こんなだから浮気された?
いや
だからと言って浮気をしていい理由はない。
あんなに貢いじゃってさ
余計なことを考えているうちに一人になっていた。
考え事をしていても挨拶をしていたようで最後の一人が帰宅したようだった。
何事も初心が肝心。
過去の企画を見ていると警備員に声を掛けられた。
いつの間にか午後10時になっていた。
やっぱ堪えるな~
一人に戻るだけって思ったけど、確かに二人でいた時間があったわけでそれは消えない。
電車のドアの前に立って流れる景色を眺める。
実家が近くでよかった。
一人暮らしだったら、帰るこの時間がとても辛かったかもしれない。
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