<再スタート>

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同じ独身でも0と1は違う。 全てを元に戻したつもりでも、ふとしたことが“竹内”になっていてその都度修正が必要になる。 スマホの画面を見ながらそんなことを考えていると待ち合わせの駅に着いた。 待ち合わせ場所が駅前だった。過去の誤解は解けたけどあくまでも凌太は過去だ、あの時凌太に連絡を取っていたらどうなっただろうか?なんて考えたけど、あの母親がいるのだからIFはない。 改札を抜けて駅前に出ると思いのほか閑散としていて人らしきモノは見当たらずキョロキョロとしていると、少し先に停まっていた四分円をデザインしたロゴが付いたドイツ車の運転席から出てきた男性が手を振っている。 学生時代とは変わったんだ。 「まさか車で行くとは思わなかった」 「色々と話をしたかったし、迎えに行くことを拒まれたからね」 正人と暮らしていた場所から遠くない駅だが下車したのは初めてだ。 「車での待ち合わせにピッタリな駅なのね」 車はゆっくりと動き出して公道にでた。 「まあね」 「慣れていらっしゃる」 「嫉妬?」 「するような仲じゃないでしょ」 「助手席に乗った女性は瞳が初めてだ」 うわー遊び人の常套句だ。 昔はこんな甘ったるい事を言う人じゃなかったのに、6年は人を変えるには十分な時間だったんだろうか。 じゃあ、正人は?3年、いや2年で変わった? それとも元々そういう人間で私が気づかなかっただけって事? 「どうした?急に黙り込んで」 「別に、凌太がナンパ男になっていたから」 「ははは、社会に出るとそれなりに変わらないといけない事もあるけど本質は変わってないと思うぞ」 正人と車を買う予定を立てていたっけ。 コンパクトカーのワゴン。 平日休みの正人と土日休みの私は休みが合わないから時々、有給を使って休みを合わせていた。 正人が日曜日に休みを貰って試乗会に行ってみようとか言ってたっけ。 そう言えば、話し合いをした時って休みを取ったってこと?土日とも? 大丈夫だったのかしら? って、正人のことばかり思い出す。 かと言って、離婚したことは間違いじゃない。 だって、こんな風に正人を思い出しても同じように美優と二人で裸で写っている写真がサブリミナルのように正人との思い出の合間に挟み込まれて記憶に刷り込まれてしまっている。 あのまま二人で暮らせばきっと私はボロボロになってから結局別れを選ぶことになる。 だから、これでよかったんだ。 「瞳?さっきから心ここに在らずだな」 「ごめん」 「いや、俺も半ば強引に誘ったし」 「自覚はあるんだ」 「もう着いた」 そう言うと車は駐車場に入った。 日本庭園が美しい料理屋で、二人で住んでいた駅からは数駅しか離れておらず、一度は来てみたいと思っていた店だった。 先つけの胡麻豆腐を口に運びながら個室の窓から見える庭園を眺めている。 学生時代、涼太と付き合っていた時には来ることのなかったような店。 「落ち着いた?」 「実家に帰ったから、仕事をして寝る感じで随分と楽かも」 「そうか」 小鉢に入った色とりどりの料理がお重に並んでいて味はもちろんだが目も楽しい。 「よく来るの?」 「ここじゃない支店に仕事関係で使うことがある。個室だから話がしやすいからな。この店舗は初めてだが、車ならここの方が来やすい」 「ここに来てみたいと思っていたけど、まさか凌太とくることになるとは思わなかった。ところで、何か話があったんじゃないの?」 「別に、ただこれからも時々会いたいと思ってそのためのきっかけかな」 「こんな高いところは無理ね」 「じゃあ、次回は町の定食屋で」 「それなら考えてもいいかも」 串や鳥の照り焼き、そしてご飯に吸い物と香の物を平げデザートの白玉ぜんざいをペロリと食べた。 「美味しかった」 コース料理の為、値段は把握済みなので自分の代金を凌太に渡したが、手で押し返されてしまう。 「今日は俺が持つつもりだから」 「ご馳走してもらう理由がないから」 「お詫びだから」 「謝罪は明日、父にするのだから」 そう言っても、代金は受け取ってくれないので今回はご馳走してもらうことにした。 「じゃあ、私は電車で帰るから」 「いや、送っていくよ」 「結構よ、じゃあ明日」 そう言うと、足早に駅に向けて歩いた。 距離を間違えないようにしないと。 電車は程よく空いていて座ることが出来た。 里子に報告をすると、行ってみたいお店だと言っていたので今度は二人で行こうと返事をした。 どうせ明日、うちに来るのにわざわざランチとかって本当に用事はなかったんだろうか?
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