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その1
「私器用じゃないから、のめり込むような恋愛をしたら他のことは何もできなくなるの。」
「うん。」
「だからそういう恋はもうしたくない。そもそもする気力ももうない。やらなきゃいけないことや手放しちゃいけない大事なものが今は他にあると思うんだよね。」
「うん。なるほどね。」
「次は3番手くらいに置いておける恋愛がいいな。それでいて長く深く育んでいけるようなのがいい。」
「…そっか。でもさ、恋って衝動的なものじゃないの?こういう恋愛をしよう、って思ったからってその通りにいくもの?」
「さぁ?それはやってみなきゃわからないけど。」
「テキトーで君らしいね。よし。今日の日記の内容は自身の恋愛論を語った、って書けばOK?」
僕とリリーは今日もいつも通りの時間を、いつもの店のいつもの席で過ごす。だらだらとどうでもいい会話しかほぼしないけど、僕の人生にとっては結構大事な時間だったりする。
本来僕は他人にまるで興味がない。誰かと関わることがもう面倒くさい。血の繋がった家族にさえそう思うくらいだ。生きてく上で支障がない程度に仕方なく取り繕って誰かと関わるけれど、基本的に一人の方が楽だし幸せだと思ってる。
でも彼女といるのはなぜか「心地よい」。この一言に尽きる。ありきたりだけど、言葉で表すならばしっくりくるのは本当にこれ以外にない。
これが恋なのか?なんてばからしいことは思わない。僕と彼女はそういうんじゃない。そんな薄っぺらくて壊れやすいものの象徴みたいなものでは決してない。
彼女は一体どんな人なのかって?
そう聞かれたら僕は決まって「海みたいな人」だと適当に答える。
「海」を想像したときに浮かぶイメージは人それぞれでしょ?
広大でダイナミック、あるいは繊細でロマンチック。ある人からすれば愛しいものであり、癒しであり、ある人には大嫌いなものであり恐ろしい物であり。中には特に何も思わない人もいて、そんな全てを集めたようなのが彼女だ。
全てかっさらっていくような勢いがあって、でも包み込むように穏やかで、美しく汚れていて、手が届くのに未知で、親しみやすくもどこか厳かで、人を幸せにもするし不幸にもする。
よくわからないって思った?だったら大正解。要するに僕も彼女のことはよく知らない。
僕といる時以外の彼女のことはほとんどわからないし、わかってることだって全部彼女が話してくれたことだから、どこまで本当なのかも不明だ。ツネシロ・リリーって名前が本名なのかどうかすら怪しい。
だけどそれがよかった。僕にとっては、よく知らなくても一緒にいられるってことがとにかく楽だしありがたい。そのおかげでこの妙な関係はもう5年も続いてるんだから。
僕は彼女の恋人でも友人でもない。ただ彼女の日記を彼女の代わりにつけてあげている。ただそれだけの関係。でもそれは誰とも違う特別な関係でもあると僕は思っていて。
そんなリリーとの不思議な縁は、好んで誰かと同じ時間を過ごしたことなんてなかった僕が初めて手放したくないと思えたたった一つの繋がりだった。
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