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「なるほど、つまりそれがこの皮なのですね」
その長々とした妙な話の帰結として、目の前の皮に話は戻る。皮に書かれた文字は俺にはそもそも読めねえが、目の前の異人2人にも読めんらしい。けれどもそもそもこの2人の異人がどの程度文字が読めるのかはわかりかねる。
「じゃぁそのミケが見た奴ってのは、道士の瓢箪から逃げ出した鬼がこの人皮を被った姿ってことか?」
「はて。それはわかりかねますな。アディソン殿の仰っしゃられたように、その御本が正しいという保証は御座いません」
「んだぞ山菱。てめぇの頭は天気すぎらぁ」
言葉としては両者とも極めて達者である。
「にゃん」
「うんうん、ミケは俺の癒やしだよな」
「んでどうすっかだな。話からすりゃ画皮は頭が悪そうだ。だからこの皮を取り戻しに戻るかもしれねぇわけだな」
「おいアディソン嬢。この皮がそいつのものだっつうなら返しちまえばいいんじゃねぇか?」
「おい山菱、真面目に考えろや。そいつは狐を襲ったんだろ? てこたぁこの森も襲ってくるかもしんねぇ」
「にゃん~」
なんだかミケにまで責められている気がする。なでればぐるぐると頭を押し付けてきた。ふさふさが癒やし。
「じゃぁどうすりゃいいんだよ」
「山菱、お前囮をやれ」
「俺が?」
「いつものこったろ」
「おい、ちょっと待て」
俺の仕事は日雇いだ。半分は人足や内職だが残り半分は鷹一郎からわけのわからん仕事を請け負っている。どうやら俺は化け物共にうまそうに見えるらしく、やれ囮になれだの生贄になれだの言われるのだ。そう考えればたしかにそれはいつものことといえばいつものことだ。だがしかし。俺はいつもタダで生贄をやってるわけじゃない。その大抵は命を張るのに見合う破格な金でやっている。ただでやるなんぞまるで馬鹿みてぇじゃないか。
それに考えればその緑の鬼、そいつは王生の腹を裂いて殺したんだろう? 俺が鷹一郎の生贄をやってるのは、鷹一郎の依頼なら俺が死ぬこともあるまいとそれなりに信頼しているからだ。そのキワがよくあるのはこの際目を瞑るとして。
改めて目の前の二人を眺める。アディソン嬢とはじめて会った異人……。大丈夫なのかよ。不安しかねぇ。
「にゃぁん」
ミケがその大きな頭を俺に擦り付けてきた。首周りを撫でるとゴロゴロと喉が鳴る。……ミケが困るのは、嫌だな。
「とにかく、作戦次第だ。あまりに無駄死になら俺は嫌だぞ」
「作戦? お前が襲われたとこを俺が叩っ切る」
「身も蓋もねぇ」
アディソン嬢の腕はそれなりに信頼はしているのだが、それにしたって鷹一郎なら札だの何だので万一の備えというものを色々してはくれている。鷹一郎は凄腕の陰陽師らしいし。
「ふむ? ではそうですな。目的は白娘の中身、つまり緑鬼を捕まえることでしょう。お許しを頂けれるのであれば、この森の周りに結界を張り、侵入に備えましょう。宜しいですか?」
宜しいかどうか? ハーンと名乗る異人はそのギョロリとした片目で俺を見つめた。落ち着かない。それは俺に問いかけているのか?
「ハーン殿。その許可は私が与えよう」
突然肩上からヤタさんの声が響く。
「おや? この山菱殿ではなく貴殿がこの森の管理をされているのですか?」
「山菱は留守番である。この森自体は神社の宮司のものだが、おおよその自治は住むものに任されている。私であればその境界も把握できる」
「なるほど不思議な森ですね。宜しければこの森で狩りを行っても宜しいでしょうか」
狩り?
そんなものは鷹一郎が許可しないだろう。いずれにせよ鷹一郎が戻らなければ、どうしようもない。けれどもヤタさんは平然としたものだ。
「対話ができるもの以外であれば構わん」
「対話? ミケはどうなるんだ?」
「ミケ殿は十分対話できる」
「左様でございますね。ここは不思議な生き物ばかりです。それであっても面白い。ありがとうございます」
……こいつらの話していることが俺には根本的にわからん気がする。
けれどもミケが無事で、守り? ってのをこのハーンが担当するなら、俺の命はなんとかなるのだろうか。ミケが喜ぶ、だろうし? ふさふさ。
「話は纏まったな。じゃぁ山菱、これを着ろ」
そう言われて指指されたのは、やはり女の皮だった。
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