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白い俺
「何で俺が」
「呪物なんだから大丈夫だろ」
そもそもこんな細い女の皮を着れるわけがねぇじゃねぇかと思ったが、言われるままにその皮の隙間に指を通して押し開けば、不思議なことにするりとその内に体が収まる。四肢をその中に収めれば、自然とその頭部が眼前に迫った。その顔面を顔につけるのは些か抵抗があったが、ここまでくれば仕方がない。しとりとしたその感触に戸惑いながらもその隙間に頭を捩じ込めば、不思議と皮が巻き付き背側でぴとりと閉じ合わされる。もはや着ているという感覚もない。
「ほう。本当に入りましたね。確かに白娘です」
「なかなかの別嬪だな」
「おい、俺は一体どうなったんだよ」
四つの目が俺をジロジロと眺め上げるのがなんとも気持ちが悪い。しかもなんだかその目線は人を見ているというよりは、面白いものを見ているようで落ち着かん。
「なるほど、この模様はここに繋がっているのですな」
「内側から妙な気配がたちのぼっちゃいるが、これは何なんだ?」
「お前ら話を聞けよ!」
「にゃーん」
ミケだけが俺の味方だ。何故だかくんくんと嗅がれているが、やはり変な匂いでもするのだろうか。
気を取り直して手を眺めれば、常の俺とは違う白魚のような指。けれども確かに俺の思う通りに動いた。……服が着たい。皮を着てるといえば着ているのだろうしそもそも俺の着流しごと皮に収納されたわけだが、その感触はすっかり身に馴染み、裸身のようにしか思えない。薄ら寒い。第一胸に出来た2つの丘が落ち着かない。触ってみたいが、流石に今そんなことができる空気ではない。
「にゃ」
「山菱殿、ミケ殿が背中に乗るように、とのことです」
「そんなこと言ったって重いだろ?」
そう問えば、ミケは俺の背後に回って股座に頭を突っ込み、俺の体をひょいとその背に持ち上げた。体が何故だかふわりと軽い。俺の体重はどこにいったんだ。些か不安になる。
「では私はヤタ殿と共に結界を張りに参ります」
ハーンはそう告げて去り、アディソン嬢と2人きりになった。そうするとやけに森がしんと静かに感じられた。さわさわと葉擦れの音が響き渡り、チクチクという鳥の声が聞こえる。何やらその感覚も常とは異なるように感じられた。
この森の生き物のざわめきや息遣いというものが、やけに近く感じられるのだ。
「山菱ぃ。その皮、後で俺に貸しちゃくんねえかな」
「なんだ。お前も着るのかよ」
「おう」
「……」
冗談交じりに問いかけたのに、俺をまっすぐ見上げたアディソン嬢からは珍しく小馬鹿にするような表情は失せ、名伏し難い何かを感じた。アディソン嬢の趣味と衣服の好みについては特殊すぎて、下手に話を続ければ火傷をしそうだ。
「そんなら最初からお前が着たらよかったじゃねぇか」
「バァカ、そしたらお前を守れねぇだろ。俺の体はあくまでこれよ」
アディソン嬢はバンと自分の胸を叩く。
「そういうもんかね」
そう思いはした。けれども確かに、このミケに乗る時の体重が失われたような感じを思えば、その身体感覚が異なれば剣の扱いも異なるのかもしれない。
「そんでいつまでこうしてりゃ」
そこまで言った瞬間、耳の中がざわめき、キィンという高い音が聞こえ、そしてアディソン嬢がサーベルの柄頭を手にして低く構え、ミケが頭を下げて俺は思わずずりおちそうになって必死にその鬣にしがみつく。
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