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「ヤタさんとさっきのハーンが結界とやらを張りにいったんじゃなかったのかよ」
「さあな。んなもん間に合わなかったのかもしんねえ」
そういわれればそうかもしれん。小一時間で一周できる小さな森とはいえ、やはり森は森なのだ。
「にゃん、にゃ!」
そう叫んだ直後、ミケが駆け出す。慌ててそのふわふわとした背に抱きすがる。ミケの動きを察知して、アディソン嬢がいつのまにかミケの背、つまり俺の背後に飛び乗った瞬間、ミケはそのスピードをドンと増して疾駆した。まるで風になったようだ。
「お、おい、急にどうしたんだよミケ」
「にゃん!」
しがみつくだけで精一杯で、舌を噛みそうだ。ざしゅざしゅと森を駆けるミケの波打つ背になるべく体を低く倒す。思った以上のスピードだ。そうしておかねば森の木々に頭をぶつけそうだ。そしてその行く先から、ぐぉおと咆哮が響いた。
何かが、いる。
「ミケ、あれがお前がみたってやつか」
「にゃあん。にゃ、にゃ」
突然ミケが止まって木陰で体を斜めに伸ばし、俺はその勢いで背から転がり落ちて、木に頭をぶつけた。
「おいミケ」
「にゃ~ん」
そろりと歩き出したミケの足音はその巨体とともにすっかり消え失せ、やがて暫く先で何やら争う音が聞こえ始めた。木から覗けば薄暗い森の中、何や恐ろしげで巨大な、身の丈十尺はありそうな何かが木々の隙間に蠢めいてみえた。
「おい山菱、とっとと歩け」
俺とは違って転ばずに着地したと見えるアディソン嬢にスパンと頭をはたかれる。
「俺ぇ?」
「お前は囮で俺は護衛だ。お前がここにいちゃ向こうに行けねえだろバカ」
サーベルというには些か巨大な剣の鞘を片足代わりに器用に駆けるアディソン嬢の後ろについて走り出した途端に低く大きな動物の鳴き声が聞こえ、急いでそちらに駆け寄れば、ミケが岩山の前で緑の大猿に対峙し、グルルと唸っていた。
「にゃん! グルルル」
ミケの声はたしかに、俺に逃げろと言っているような気がした途端、アディソン嬢が俺の襟元をつかんで引き倒す。
「なんか隠れろって言われてるような」
「たりめーだ。何で一番前に出るんだよ。バカか」
「行くのか戻るのかどっちだよ」
「何でミケが先行したと思ってる。俺に画皮を観察させようって心づもりかもな。大した奴だぜ」
何を言ってるのかわからん。そんなわけで慌てて茂みの奥に戻れば追いかけるようにガサガサと茂みをこちらに向けて近づく音があり、アディソン嬢が腰を落として剣を体の前に静かに構えた。
「にゃーにゃにゃん」
「おい山菱、ミケが何か言ってるぞ」
「んなこと言われても細かいことはわかんねぇよ」
アディソン嬢の殺気に臆したのか、目の前の茂みを進む音は次第にゆっくりと変化し、恐る恐るといった様子で何か小さな生き物が現れた。
「狸かぁ?」
「ミケの子どもかな」
その狸はその茂みの葉をちぎり、頭にのせるてくるりと回れば6歳ごろの男の子に変化した。けれどもその変化にアディソン嬢の殺気はさらに鋭くなり、その子どもは可愛くステンと尻もちをついた。
「Fryse!」
「ま、まてよ、アディソン嬢」
「んだぁ? 山菱。てめぇはどっちの味方だ! こいつはバケモンだぞ」
「だ、大丈夫じゃねえかな……狸が人に化けるところなんぞ、初めてみたが、この国じゃよくあることなんだよ」
「……まじで?」
アディソン嬢の片目だけが怪訝そうに器用にこちらを向く。少々気持ちが悪い。
「それに小さいじゃないか。な、お前、ミケの子どもか?」
子どもは俺たちをキョロキョロと見て、立ち上がろうとした。
「動くなっつってんだろ!」
未だ怒気を孕むアディソン嬢の声にそいつはビクリとしてまたステンと転び、あわあわと口を開く。
「そ、その。僕はポン吉と言います。ミケ様の子どもじゃありません。ミケ様はネコで、僕はタヌキですから」
そういえばミケはジャコウネコだったな? 見た目は狸とあんまりかわらないが。
「そ、そうか。それでどうしたんだ。何があった」
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