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「なぁアディソン嬢。画皮とは話ができるものなのかな」
「話ぃ? んー。通じるかどうかはさておいて、聊斎志異の画皮が話してたってことは言葉自体は通じるのかもしれんがな。だがな山菱。言葉は必ずしも会話のためにあるもんじゃねぇ」
「どういうことだ?」
「人をおびき寄せるために人語を発するバケモンっつうのがいるんだよ。たとえばSeirenっつうバケモンがいる。あいつらは歌を歌って人をおびき寄せ、海に落として殺して食う」
思わずびくりとした。確かに船幽霊もひしゃくを求めて呼びかけて船を沈めるんだったな。言葉を話せるかといって話が通じるかはまた別の問題だろう。
けれどもな……俺にはその、どうもその画皮というものが悪いやつには思えん。それに第一、この土御門の森には鷹一郎が結界というものを張っているはずなのだ。悪しき邪念を弾く結界を。
そりゃ鷹一郎の力より強い力を持っていれば押し入ることもできるだろう。けれどもなんていうか、さっきちらっとみたあの姿からはそもそもそんなに嫌な気配もしない。
「ちょっと様子を見ていてもいいかな」
「様子? なんでだ」
「あいつはこの皮を探しに来たんだろ? そんなら皮を返せば帰るんじゃねえかな」
アディソン嬢は胡乱げに俺を見つめる。
「そもそもお前は囮なんだぞ?」
「それだよ。そりゃそもそもの話、アレがこの森を襲ってこないように俺が囮をするっていう話、なのか?」
そもそもなんで俺が囮になる話になってるのか、よく考えりゃ、その前提も曖昧だ。
「おう?」
「俺はそもそもこの森にこないようにしたかったんだよ。来ちまったがな」
「うん? そういえばそうだな」
俺はあれがこの森に入れる時点で、そんなに悪い奴とは思えん。
話では画皮は人皮に絵を書いていたということだから、脱ぐことはできるのだ。なのに緑鬼の姿ではなく白い女、俺から見ても細っちろい弱そうな姿で現れたのだ。
そして先程見たあの姿は想像していたより巨大だった。ポン吉はポン吉たちを襲って食べるためだといっていた。あの姿のまま不意を突けば十分に狐の何匹かは殺せるだろう。なのに軽症の狐が何匹か、という話だ。だからそもそも狐のところに言ったのも敵対するためではないのかもしれん。
そもそも俺は、この人皮を持ち主に戻したいと思っていた。
けれども着てみてわかったことがある。この皮はもう、服なのだ。そして呪物であることも間違いない。これを親元に戻したとて、服になってしまった娘だ、喜ばれるどころか恨まれ、かえって危険に晒すことになるかもしれない狼男の話の通り、これは狼よろしく白人の女になるためのものなのだ。何故わざわざ人になる。
画皮の話を基礎とするならば、これはもともと画皮の持ち物なのだろうか。それなら返しちまえば、いいのでは。
「これを画皮に返しちまえば、それでいいんじゃねえか?」
「嫌だ。俺はこの皮が欲しい」
「ちょ、ちょっと待てよ。そもともこれはお前のもんじゃないだろ」
「山菱、お前の物でもねぇ」
「いや、それを前提にするとあのハーンって異人のものじゃ……」
そこまで言って、急に耳をつんざくような音にならぬ音がした。頭がクラリと揺れる。続いてやや小規模の小さな高い音がして頭がグラリと揺れる。
「アディソン殿、いらっしゃいますか! 短時間動きを封じました! 今であれば!」
「おう! 山菱、お前はそこで隠れてろ!」
あっという間にアディソン嬢は茂みに消えた。
「ちょっと待てお前ら! ちょっとは話聞けよ!」
慌てて追いかける。
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