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ミケと皮
朝となり部屋の空気を入れ替えようと襖を開ければ、珍しくミケが社務所の近くまで来ていたんだよ。ずんぐりむっくりしていて可愛いなぁと思っていれば、その足元にあるものに気づいてギョッとした。
「み、ミケ、まさかお前、人を襲って」
「にゃん」
「山菱。そんな筈がなかろう。来て眺めればわかる」
頭上からの声に目を上げれば、木の幹にヤタさんまでいた。ヤタさんは凄くでかい烏で、多分神の使いとかそういう奴だ。だから人の言葉を喋る、んだと思うんだけど。
「そうは言ってもよ」
パッと見は人の皮にみえた。けれども俺も人皮など間近で見たことはない。よく考えたら、万一ミケが人を襲って皮を剥いだのなら血まみれだろう。その想像にちょっとぎょっとしてそう言えばミケってでかいよなと思いおこし、そんでもってそんなはずないよなと頭を振ってみる。
ヤタさんがそう言うなら大丈夫かな? なんとなくミケを満腹にしといたほうがいい気がしてきた。
土間に取って返して昨日作った煮付けのアラを寄せて器に盛ってミケの前に置けばニャンとないてペロリと食べてゴロゴロと喉を鳴らす。やっぱりミケは可愛い。よしよしとふさふさの頭を撫でながら改めて皮を見れば、確かに綺麗に剥がれている。これは恐らく、人為的に剥がされたのだ。だからミケの仕業ではない。よかった。
「ミケは人を襲ったりしないもんな。そんでヤタさん、これは何なんだ」
「わからぬ。だが私としては、この皮を有るべき所に返すのが筋だと思う」
「それはそう……だな。ここにあっても困るもんな。鷹一郎がみれば欲しがるかもしれんが」
鷹一郎はこの土御門神社の宮司で、ちょっと頭がおかしい。それで変なものを集める癖があるものだから、見れば欲しがる気はする。そもそもこのミケもヤタさんも、鷹一郎が集めてきたようなものだ。
それにしてもこんなふうに皮を剥がれて仕舞えばもはや生きてはいないだろう。人皮というものは初めて見るが、古いものとは思われない。まるで今も生きているような艷やかさだ。死んで間もなく剥がされたのだろうか。そうすると遺族や何かが悲しんでいるかもしれないな。返せるのなら、こんな森に捨て置かれるよりは余程良い。
「それで有るべき所ってのは?」
「わからんのだ。異人のようだが心当たりはないだろうか」
確かに色は白く金髪で、異人にしては小柄な女のようだ。それにしてもこれは何の模様だ。うねうねとした線が沢山その表皮に描かれている。そしてそれは酷く、呪術的な印象をもたらした。
「わかんねぇな。だが居留区にこういうのに詳しそうな知人がいる。持ってって聞いてみてもいいかい」
この神津は南東に開港神津港を持つ。そこには日々様々な文物が持ち込まれ、忙しく多くの異人が金儲けに来ているのだ。その神津港に面する高台に居留区が設けられていた。
「ならば私も同行しよう。状況は些かミケ殿より聞いておる」
「にゃん」
ミケがヤタさんに返事をするように鳴く。
「え、ヤタさんミケと喋れるのか。いいな」
「にゃん」
ミケはそう言ってゴロゴロと俺の腕に額をこすりつけた。ちょっと羨ましい。
ともあれ皮をきれいに畳んで風呂敷で包み、社務所に不在の札をかけてヤタさんを肩に乗せて道に出る。けれどもすぐに、俺は自分が『常識的ではない』ことを理解した。
……ヤタさんは足が3本あるし、羽を畳んでいても普通の鴉の倍程度にはでかい。それを肩に乗せているものだから、つまるところ俺はかなりの不審者だ。しかも人皮を持っているわけで、よく考えりゃ、職質でもされたらやばいのだ。早まったかもしれん。
神社前の西街道を足早に北に向かい、辻切の停車場で居留区行きのバスに乗ろうとして足を止めた。バスは動物不可だよなぁ。既に大勢の耳目が集まっている。
「私はバスの上に乗っていこう」
「助かる」
ふわりと大きな羽をひろげてバスの上に降り立ったものだから、視覚効果としては悪化した。バスが発車してからも道ゆく人が堂々とバスの上に佇むヤタさんを見上げるものだから、やはりヤタさんはかなり目立つのだろうなと思い直した。土御門の森には変なものがたくさん住んでいるから、あれに慣れちゃだめなのだ。珍奇なものが多すぎる。
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