ミケと皮

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「馬ァ鹿。これは術具だぞ。返すとすれば術者だけだ。仮に親族なんてもんがいたとしてもな、こんな物騒なもん、返されても困るんだよ。だから俺によこせ」  ひどい話のすり替えた。けれどもその言葉は気にかかる。ヤタさんから道中、この皮の持ち主が近所の森を襲っていたと聞いたからだ。 「危険なものなのか?」 「安全とは言い切れねぇ。この皮は魔術とか符術とか、そういうものに使うために作られたんだ。みろ、そうじゃなきゃ、こんなに硬いはずがねぇ」 「お、おい」  アディソン嬢は腰のナイフを引き抜き、止めるまもなく垂直に皮に突き刺した。けれども皮は破れることはなく、まるでゴムのように柔らかくぽよんとナイフを弾き返した。 「どうなってんだこりゃ」 「この表面に呪文みたいのが書いてあるだろ? それが皮をこんな風にしてるんだろうよ」 「これ、読めんのか?」  アディソン嬢は顔をひん曲げ、再び指をその表面にすべらせる。それは直線と曲線で描かれた線上で、文字らしいものを囲うようにして引かれていた。 「読めねぇ。読めねぇが、こういったいろんな形で場所を区切るのは道教なんかの呪符でよく書かれるもんだ。けど、『急急如律令』とかよ、道教なら〆によくある文字が見当たんねぇ。参ったな」 「参った?」 「ああ。よくある文字ならいくつか読めはすっけどよ。流石に見たこともねぇ字が多すぎるんだよ。つか、てめぇ読めねえのかよ、日本人だろ」 「こんなミミズがのたくったような字なぞ読めるかよ」  言われて初めて文字かもしれないと思う程度のものだ。それに本邦の漢字と清の漢字は多少違うとも聞く。  結局のところ、書かれてあるものが読めない以上、この皮自体からその由来を発見するのは困難そうだ。確からしいのはこの線が道教の呪符のような形式らしいということと、皮が異人のものであることだ。 「だから海を超えてやってきたのかここで作られたのか、どっちかだな」 「ここで?」 「おう。ここで作られたんなら居留区の南の南京町だ。この女の肌の白さは北の方だろう。ここに来てから行方不明になったんならよ、うちの会長が知らねえわけがねぇ。だからおそらく輸入品だ」  アディソン嬢の所属するレグゲート商会は貿易商社だ。だから情報にはことさら慎重で、どんな些事も耳に入れると聞いている。 「そんでよぉ。これはどっから手に入れたんだ? そっちのほうが手掛かりになるんじゃねえか?」  その下卑た表情がなけりゃあなあ。
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