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「にゃん、にゃーん」
「ミケ殿がいうには、人皮から現れたのは身の丈6尺ほどで、肉は膨らみ巨体だったそうだ」
「そうか、頑張ったんだな、ミケ」
行きに港で買った干物を美味そうに頬張るミケをみればとてもそのような恐ろしげなものと戦うとは思えなかったが、よく考えればミケもそれなりの大きさはある。
「なんだこのデケェ化け狸は」
「何だと! ミケは化けたりしないよな? それに狸じゃなくてジャコウネコだぞ」
「へぇ? じゃあ美味い珈琲作れんのか?」
ミケが珈琲を作る? どうやって? というより珈琲というものは猫がつくるものなのか? まさか? けれどもアディソン嬢はマジマジとミケを眺め、その背を触ろうとしてミケにフーと威嚇された。いい気味だ。
「paska! それよりミケよ、てめぇの戦ったやつは、戦ってるときはこの異人の皮を纏ってたってのか。つまり異人の女の姿だったのか」
「にゃん」
「そのようだ」
「うん? じゃあ普通の人間サイズから6尺のでけえのが出てきたってことか? そりゃ物理的におかしいな」
そういわれればその通りだ。皮の背丈はせいぜい5尺ほどだろう。6尺の筋骨隆々な存在が出てこれるはずがない。
「にゃ~」
「悪ぃ悪ぃ。ミケを疑ってるわけじゃないんだよ。びっくりしたもんだから」
「なんだ山菱? てめぇその、ミケ? と話せんのか?」
アディソン嬢からやけにじとりとした視線で眺めあげられる。
「話せなくても空気くらいはわかるだろ?」
「意味わかんねェ、いや」
その呟きに呼応するように、真実、空気が変わった。
アディソン嬢は俺たちをかばうように一歩森の奥へ進み出、その体に不自然なほど大きいサーベルの鞘を抜きはなって虚空を一閃する。その彗星のような煌めきは目に見えぬ速さで何かがパサリと落下した音がしたが、どうやら俺にはその切られたモノの姿は見えないらしい。こいつも鷹一郎も俺には見えない何かとよく戦っているが、見えないものだから俺にはさっぱりわからない。
けれども森の更に奥、昼尚薄暗いその先からシャクりと草を踏む音がして、慌ててそちらに目を凝らす。ミケも態勢を低く取ってぐるぐると喉を鳴らし、ヤタさんは警戒するようにその羽を大きく広げた。その足の爪が肩に食い込んで少し痛い。そうして一番近い茂みがガサリと揺れ、聞き慣れない困惑げな声が響く。
「敵意はありません。失せ物を探して参ったのですが……」
「失せ物だと?」
どこか暢気なその男の言葉に、アディソン嬢が鋭く問いを放つ。
「ええ。そうですね、私の家から白人の娘が逃げ出しましたので、その匂いを辿ってまいりました。どうしてでしょう、私の精霊ががあなた方からそれを感知したのにここにはいない。まさか」
急にその声に険が増し、ひゅうと空気が冷え込んだ、気がした。
「てめぇ、動くな! てめぇが呪具の持ち主か! これは一体どういうものなんだ?」
「呪具? はて、何のことでしょうか」
平板な声の方から吹き抜ける風が逆巻き木の葉を揺らす。アディソン嬢がサーベルを持つ手に力を込める。まさに一触触発といった時、間の抜けた声が響き渡った。
「にゃーん、にゃんにゃーん」
毛を逆立てるミケの声だ。
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