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謎の異人
「おや? どういうことですか?」
「にゃーんにゃ」
「いや、まさかそんなことが」
「にゃにゃー!」
「ふむ、けれども」
「……おい山菱、あれは会話が成立しているのか?」
未だ警戒は全く緩めぬものの、アディソン嬢の口からは極めて怪訝げな声が漏れる。
目の前では暗い森の中で未だ影しか見えぬ謎の男とミケがやりとりしているようだ。俺のなんとなくな応答よりよほど会話として成立しているようで、なんだか癪だ。けれどもその会話のうちに次第に男から漂う緊張は弛緩し始め、やがて男の影はこちらを一度眺め、その両腕を上げた。
「失礼しました。私に敵意はありません」
「そのままこっちへ来い。余計なことはするなよ!」
カサカサと葉をかき分けて現れた男は、その流暢な日本語に反してどうやら異人であるようだった。濃茶の洋装だ。濃い黒茶色の髪に銅色の肌、異人の特色を保つ鷲鼻に、口ひげの下からは妙に愛嬌のある口元が除いている。異様なのがその左目にかかった眼帯であるが、その反対側の大きな片眼鏡越しの瞳はギョロリと大きい。
「私はパトリック・ハーンと申します。そちらのミケ殿に大凡を伺いました。未だ信じきれぬ部分はありますが、ひとまず剣を収めましょう」
「収めるもなにも、喧嘩腰なのはてめぇじゃねえか」
「ハハハ。そうおっしゃいますな。……なんと貴……殿も異国の方なのですね」
ハーンと名乗る男はアディソン嬢を一瞬見て、困惑しながら敬称を述べた。アディソン嬢の性別や年齢はパッと見は全然わからねぇのに、その話題に触れたらいかん空気があるのだ。
そしてハーンは俺の風呂敷を目を止め、動き求めた。
「そこから私の探しておりました白娘の気配がします」
「お前さんがそこのミケからなんて聞いたのかはわからんがな、こいつは突然近所の森を襲ったから、そこのミケが助けたんだ。そしたらその皮だけ残して逃げたんだ」
「確かにそのようにミケ殿には伺いましたが、念のため確認させていただいても?」
「見るだけだ。触れたり変な真似したら叩っ切るぞ」
アディソン嬢に睨まれながら落ち着かないまま風呂敷の端を広げれば、中から白い人皮が現れる。
「多少広げて頂けませんか?」
首元をくつろげる。この皮は背開きだ。だから背骨に沿って二つに分かれる。その内側も肉は全くついておらずに綺麗に分かれ、外と同じような色合いだ。よく見れば、裏も表もなく不可思議な模様が刻まれている。
「ふむ。この顔は確かに白娘のようです。なるほど、納得いたしました。この墨の色合いは昨日今日ついたものではないでしょう。とすればあれは一体何なのか」
ハーンは顎を擦りながら首を傾げた。
「何かってお前さんは何で知らないんだよ。お前さんのとこの奴じゃねえのか?」
「私の本業は記者でございましてね。このように世界を巡って珍しい文物を文字にして収入を得ております。白娘は手に入れたばかりで改めて確認しようと思いましたら逃げられました。はっはっは」
はっはっはじゃねぇだろうと思いながら聞いた話もまことに奇妙だった。
このハーンという男は日の本に来る前は澳門にいたらしい。そこで怪しげな商人から白娘を買ったのだそうだ。どうやらもともと奇術団にいたそうなのだが、金に困って売られたらしい。
驚くべきことに、このハーンはその姿になにやら呪文が書いてあるのを見てとって、白娘がどのようなものかわからぬのに安かったから買ったのだそうだ。
「てめぇ馬鹿か。どんな術具かわかんねぇのに手元に置くやつがあるかよ」
「その時の白娘は大人しそうな人間にみえましたので。それにその店主も様々な術者に尋ねたのにその意味がわからなかったのですよ? 興味深いじゃありませんか」
俺もほとほと、驚きあきれた。何が起こるかわからぬものを手元に置くなど危険がすぎる。けれどもハーンは一顧だにしないらしい。
「何をおっしゃるのです。世界を巡るのならば、珍品気品を求めてこそではありませんか」
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