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「新作だ!」
本屋さんの前で大声を出したのは夏目だ。
川端先生の新作が出ていたのだから、声を出してしまうのは仕方がない。
夏目は分厚い手袋を取ると本を優しく手に取った。
「今年は寒いな」
事務所のところで小さく声を出したのは川端だ。
まぁ今年は色々なところで雪が積もっているのだ。
寒いに決まっている。
川端は震える手でペンを置くと、マフラーを巻いた。
「芥川!ちょっと出掛けてくる」
編集者こと芥川は小さくうなずくと、事務所に暖房を入れた。
カチャ。
事務所のドアを開けた。
そのまえには夏目が立っていた。
「先生!新作にサインください!」
「なんだ。僕にいつでも会いに来られると思われてたのか。少し厄介だ」
夏目はそんな川端の嫌味も気にせず、ペンを握らせる。
「お願いします!」
川端は、大きくため息をつくと冷たい手でサインをし始めた。
マフラーが途中で落ちてきたが川端は気にしない。
キュッ。
ペンの音があたりに響いた。
「これでいいだろ。さ帰ってくれ」
夏目は川端からペンと本を受け取る。だが夏目は帰らなかった。
「どうした。僕は急いでるんだ」
「そんなに焦るなんて彼女ですか?」
川端はわずかに夏目から目をそらしたが、そのことに夏目は気が付かなかった。
「あ、先生。顔赤いですよ?」
夏目はニヤニヤしながら川端の顔を覗き込んだ。
「寒いからだよ!帰ってくれ」
川端はそっぽを向くと、事務所の方を向いた。
ガシャン!
ドアが乱暴にしまる。
夏目はマフラーに顔をうずめると、自分も真っ赤になった顔で呟いた。
「サインもらえてよかった……」
「あれ?先生顔赤いですよ」
「お前もか。芥川!もういいだろ」
芥川は首をかすかにかしげるとそんなに外が寒かったんですか、と呟く。
夏目と川端にかすかに生まれたこの小さな感情は、雪に埋もれて見えなくなった。
完
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